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約160万本の微生物アンプルを収納する室温4度の保管室

9万5千株の微生物で「ものづくり」支援 NITEバイオテクノロジーセンター

 みそ、納豆、日本酒、チーズなどの製造には、酵母や乳酸菌といった微生物の働きが欠かせない。食品、医薬品、化粧品のような身近な分野での活用にとどまらず、温室効果ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現にも、微生物は大きな役割を果たすと期待されている。こうした微生物を収集・保存し、企業や研究機関に提供して「バイオものづくり」を支援しているのが、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE=ナイト)のバイオテクノロジーセンター(NBRC)だ。保有する微生物は約9万5千株で世界最大級。日本のバイオ戦略の重要拠点になっているNBRCを訪れた。

製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター(千葉県木更津市)

■爆発だけじゃない

 東京都心から東京湾アクアラインを通り、車で約1時間。千葉県木更津市郊外の丘陵地にNBRCがある。「保存」「開発」「長期保存」の3棟が渡り廊下でつながり、建物内はフリーザー室、培養室、電子顕微鏡室など、研究機関らしい名称の部屋が並んでいた。

 NITEと言えば、電子レンジに入れた卵が爆発したり、カセットガスボンベが火を噴いたりする、派手な動画を思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、こうした家庭用製品の安全啓発は業務の一部。製品安全、化学物質管理、バイオテクノロジー、適合性認定、国際評価技術の計5分野がNITEの事業の柱となっている。

 このうちバイオテクノロジーを担うNBRCは、1993年ごろにスタートした微生物のゲノム解析事業に端を発し、 2002年4月に設立された。NITE自体は前身の輸出絹織物検査所(1928年設立)から数えて95年の歴史があるのに比べると、比較的新しい部署と言える。設立のきっかけは、地球環境問題に対する世界的関心が高まり、生物の多様性の保全を掲げた「生物多様性条約」が1993年に発効したことだった。多様性保全とともに条約の目的となっている「持続可能な利用」「利益の公平かつ衡平な配分」を実現するため、生物資源利用の収集や保存、分譲に当たる中核機関として設置されたわけだ。

微生物を保管するアンプル

■「検定菌」利用、コロナ禍で急増

 保存する微生物は、2002年に公益財団法人発酵研究所(大阪市)から約1万5千株が移管されると一気に増加。「目指せ10万株」だったのが、今は世界トップクラスの9万5千株に達したという。

 微生物には、主に国内外の研究者から寄託され利用者に分譲する「NBRC株」と、NBRCが独自に収集し1年単位で貸し出す「RD株」の2種類がある。NBRC株は高度に品質管理されており、例えば空気清浄機の性能や抗菌加工製品の効果を評価する試験などで〝物差し〟となる「検定菌」も含まれている。新型コロナウイルスが急拡大した2020年度の検定菌利用目的を分析したところ、ウイルス・コロナに関連した利用が平常時に比べ11倍に増加し、除菌・消毒も倍増。関連製品の開発や品質管理に重要な役割を果たしたことが、この数字からでもうかがえる。RD株は産業利用しやすく、一度に多くの株を使うスクリーニングなどに向いているという。

ガラス管 に入れた微生物を真空状態で乾燥させる装置

■災害に備えバックアップ

 保存の様子を見せてもらった。まず訪れた標品作製室には、長さ約7センチのガラス管がずらりと並んでいた。管の中には微生物を含む液体が入り、真空にして乾燥させている最中。乾燥すると管をバーナーの炎であぶって密封し、室温4度の標品保管室のロッカーで保存する。常温保存もできるため郵便で送れるのが特長という。

 乾燥に弱いカビや藻類などは、プラスチック容器に入れ、マイナス80度の冷凍庫か、液体窒素でマイナス170度に保たれたタンクで保管する。「不測の事態に備え、4度、マイナス80度、マイナス170度の少なくとも2種類以上の方法で保管している」 (川﨑浩子NBRC上席参事官)そうだ。

 2014年からは企業などから微生物を預かって安全に保管するバックアップサービスを開始した。その背景にあったのは2011年の東日本大震災だった。多くの事業者の設備が被害に遭い、みそ、しょうゆ、日本酒などの製造に使われていた貴重な微生物が失われた。一度失われると再び入手することは極めて難しい半面、地震、津波、洪水、火災、停電、機器の故障と、さまざまなリスクにさらされている。そこで標高84メートルに立地し、周囲に活断層がなく、地滑りや液状化の恐れも少ないNBRCでの保管を呼びかけている。

液体窒素でマイナス170℃に冷やされた微生物

■ビールにチーズ、化粧品も

 NBRCが保有する微生物や、それらを活用する技術は、既に製品開発に結びついている。2015年には岩手県釜石市、北里大と共同で、震災に耐え抜いた釜石の市花ハマユリから酵母を分離して培養、それを使ってクラフトビール「はまゆりエール」を商品化した。「ビールをつくる酵母を取り出すことと、それを工業用に増やすのに苦労した」と生物資源利用促進課の宮下美香主査は振り返る。

 ほかにも▽国内産の乳酸菌RD株を使いチーズを製造(千葉県大多喜町のチーズ工房「千」)▽有用な腸内細菌を分離し機能性サプリメント原料を大量生産(大阪市の化学メーカー、ダイセル)▽機能性酵母を用いて肌の潤いを引き出す化粧品原料を製造(愛知県大府市の食品・医薬品原料メーカー、東洋発酵)-に貢献するなど、NBRCは企業にとって頼もしいパートナーとなっているようだ。

釜石市のハマユリから分離した酵母でつくったビール

■一元検索で開発後押し

 現在、力を入れているのは、二酸化炭素(CO2)を直接原料にしてものづくりが可能な微生物の収集や情報整備 と、微生物の働きで最終的にCO2と水に分解される海洋生分解性プラスチックの評価系の確立という。

 微生物が持つCO2固定能力を活用し、化学製品や燃料、飼料などをつくり出す技術は、政府が2050年までに目指すとしているカーボンニュートラルの実現に欠かせない要素として、盛んに研究が進められている。そこで、利用可能な微生物を約千株提供できる体制とともに、微生物の特性や機能だけでなく生産を効率化するために必要な培養条件、ゲノム情報などをワンストップで検索できるプラットフォームを構築し、バイオものづくりの開発期間を大幅に短縮することを目指している。

 微生物と関連情報の一元検索は「生物資源データプラットフォーム(DBRP)」として2019年に運用が始まった。バイオものづくりの現場で、上流は効率的な微生物開発、下流の発酵生産では高度な培養・精製と、異なる技術や設備が必要という、産業構造の変化に対応したものだった。「メーカーが単独で設計から製造まで行っていた半導体製造で分業化が進んだように、バイオものづくりも分業化が進展する。その際にプラットフォームが役立つ」と牧山葉子バイオデジタル推進課主任は説明する。

 DBRPには味の素、鳥取大などが登録を開始。「データ量が増えるほど情報の巡りが良くなり、新たな価値創造につながる」(牧山さん)ことから、大学や企業、公設試験研究機関が持つ情報も順次掲載し、世界最先端のバイオエコノミー社会の実現を目指すという。

NITEの本所、支所、センターの所在地

【製品評価技術基盤機構】

 1928年に商工省(現在の経済産業省)に設置された輸出絹織物検査所が前身。84年に通商産業検査所、95年に製品評価技術センターに改組され、2001年に独立行政法人製品評価技術基盤機構となった。15年には独立行政法人の中でも、国と密接に関連した事務・事業を行う行政執行法人と位置付けられた。常勤職員は約430人(8割強は技術系)。東京都渋谷区の本所のほか、国内各地に支所やセンターがある。


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