洗練されたTOKYO創業ステーションTAMAの施設

IoTお茶ポット、空き家ソーシャルビジネスも誕生 東京都中小企業振興公社が非営利で創業支援

 公益財団法人東京都中小企業振興公社(中西充理事長)が、スタートアップ(新興企業)や起業を目指す人を支援する拠点として、東京・丸の内に続き、多摩地域に「TOKYO創業ステーションTAMA」(立川市)を設け、事業を拡充してから3年が経った。都と連携して提供している原則無償の支援プログラムは「海外でも数少ない取り組み。非営利事業なので、新たなビジネスプランについて、客観的なセカンドオピニオンも受けられる」(スタートアップ関係者)といい、利用者が年々増加している。その中から、お茶を最適に自動抽出するIoT家電を開発したり、社会問題化している空き家を活用したソーシャルビジネスを始めたりする若手事業家らが登場。岸田内閣が「スタートアップ創出元年」とした2022年以降は注目度が高まり、国内外からの視察も相次いでいるという。

多摩地域を軸にマインド醸成

 TOKYO創業ステーションTAMAは、JR立川駅に近い緑豊かな広場を中心に、各種ショップやレストラン、ホテル、オフィスが配された複合施設「GREEN SPRINGS」内に立地している。丸の内にTOKYO創業ステーションが開設された3年半後の20年7月、都心部に比べ事業所の新規開業率が低い多摩地域を軸に、学生、女性、シニアなどの潜在層も掘り起こしながら、住民らの創業マインドを醸成していく目的でオープンした。

 創業ステーションTAMAの創業支援プログラムは、創業に興味を持った人には「Startup Hub Tokyo TAMA」、具体的に都内で創業を目指す人には「Planning Port」と、2部門が窓口になり提供されている。両部門を通じて①創業とは何かを知る②創業へのはじめの一歩を踏み出す③自分のビジネスの顧客について考える④ビジネスプランをまとめる⑤プランを実行する―と、利用者が5つのステップを踏んで創業できるようサポートしている。

 「Startup Hub Tokyo TAMA」では、Wi-Fiを完備した施設内のラウンジスペースなどを利用。ITをはじめ創業に役立つスキルの各種講座、ベンチャー企業家らが創業話や失敗談を語るトークショー、起業仲間を見つける交流会など、関連イベントがほぼ毎日開かれている。火、水、木、土曜の週4日は、予約制で一時保育サービスも利用できる。

ラウンジの一角では週末や祝日も含めて連日、起業を目指す人の疑問や不安に答えるコンシェルジュとして、平均年齢40歳の先輩起業家らが、1回40分程度の個別相談に応じている。まだ入り口の段階なので「アイデアはあっても、具体的ではないという人が半数。『事業を始めるには会社を辞めた方がいいだろうか?』など、人生相談的な話もあるが、ここが起業の第一歩になる」(公社事業戦略部多摩創業支援課の山本康博課長)。

 25歳以下の若者(学生と社会人)向けには、ゼミ方式で起業を実践的に体感してもらう「TAMA起業ゼミ」を開講している。2カ月(計8日間)にわたり、チーム制で新しい製品などのアイデアを練り上げ、機能を必要最小限に絞った試作品(MVP)等の仮説検証を学んでいく。テーマは教育分野、言語学習、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、ジェンダー問題、働き方改革など幅広い。起業ゼミに続く特進クラスの「アドバンスクラス」2カ月(計5日間)では、参加者の起業アイデアをブラッシュアップ。MVP作成やそのユーザーインタビューなどを行い、メンターの指導・助言を受けながら起業を目指す。20年度のTAMA起業ゼミ一期生4人から通算して100人超が参加、このうち数人が実際に起業した。

 また「起業した人には、子供のころ海外で暮らしていたとか、留学経験者などが多い。海外での生活は大きく意識を変える経験の1つになる。創業マインドは、本来なら小中学生くらいからじっくり時間をかけて育てていくべきもの。教育と同じで、すぐに成果は出ない」(公社多摩創業支援課)という観点から、創業ステーションTAMAでは23年度に小学校4~6年生対象の起業スクールを中小企業基盤整備機構BusiNestと連携開催した。親子で6組が参加し、ゲーム方式で収益から税金(課税)の仕組みまで学んだ。

 

実践的にプラン作り、マーケティングで検証

 具体的に都内での起業を考えている人や、創業から5年未満で新規ビジネスを立ち上げたいといった事業者には「Planning Port」が薦められる。約20人のプランコンサルタントが事業計画の作成から事業化までを担任制でサポート。「利用者のアイデアやその強みを整理。ビジネスモデルへ進化させ、数値計画へ落とし込むまで、創業に必要なステップを見える化」する。資金調達、税務、マーケティング、デザインなどの相談にも各分野の専門家が対応する。

 さらにコンサル利用者には、日常的に大勢の人が集うGREEN SPRINGSの立地環境を活かし、テストマーケティングの機会を提供している。試作した製品やサービス案について、GREEN SPRINGS内の各種施設利用客らにアンケートやインタビューを実施。販売はしないが、顧客ニーズを把握し、製品・サービスの改良につなげる。費用は無料で年10回(土曜日)行う。1回当たり2~3の希望者が利用できる。「こうした手法は欧米では主流だが、日本ではまだ営業力頼みというケースが目立つ。みんなが新製品・サービスへの需要について仮説を立てるが、本当にその通りか、実際にマッチしているかどうかは分からない。それを顧客中心に事前検証し、課題を見つけ、修正していく」(公社多摩創業支援課)。

 このほか、「Planning Port」には、より実践的な支援メニューが用意されている。「女性起業ゼミ」(8日間)では、創業準備段階で行う事業計画書の策定プロセスをゼミ方式で学べる。「業種別セミナー」では、創業前や創業後間もない段階で知っておきたい、起業の手続きや許認可申請、店舗設計などについて、実例を交えて解説する。業種はファッション、WEBサイト制作、パーソナルジム、美容、飲食店、医療・福祉事業、雑貨店、ライフスタイルショップ、コンサルタント業など、広範囲にわたる。

 来訪者に対応するだけでなく、多摩地域の地方自治体や都内の大学などの要請を受け、講師を出張派遣する「地域連携」事業も積極展開している。講師は創業ステーションTAMAのコンシェルジュ、プランコンサルタント、専門相談員、職員らで、起業関連の大小セミナー・講習会に無料で随時派遣。オンライン開催にも対応している。テーマは起業体験談、アントレプレナーシップ、セルフブランディング、起業アイデアの整理・事業計画の作り方、研究開発型起業(プロセスや基礎知識)、財務・資金調達、マーケティング、東京都や公社の創業支援施策紹介などで、主催者の要望に基づいて決める。

 22年度には、立川市、町田市、八王子市をはじめとする自治体や商工会、金融機関など19機関が主催するセミナーなどに計1300人余りの市民らが参加したほか、都立大、東京農工大、法政大、明治大、中央大など22大学で学生計4100人余りが受講した。

 創業ステーションTAMAの各種サービスは、ホームページから登録した会員に提供される。会員登録、イベント参加、各種相談、ラウンジ利用などはいずれも無料。22年度の利用者数は延べ3万8千人を超え、初年度の1.8倍に増加している。

使わない手はない

 創業ステーションを利用して起業し、22年10月からは創業ステーションTAMAのコンシェルジュも務める株式会社LOAD&ROAD(東京都千代田区)代表取締役の河野辺和典さん(35)は、「17年に留学先の米国から帰国し、人的なつながりや働く場所もなかった時に、ネットワーキングや事業展開について創業ステーションのコンシェルジュの方に相談し、プランコンサルティングも受けた。会社を立ち上げた時も助成金や補助金を利用させてもらった」と話す。

 河野辺さんは大学卒業後に機械エンジニアとして働き、3年後に退職して米国ボストンの大学院(MBA)へ留学した。当時はIoTという言葉が世に出始めたころ。自分が興味を持った「おいしいお茶の入れ方」も数値制御できるのではないかと考え、IoTティーポットのプロトタイプを作製。15年に米国法人を設立した。

売れ行き好調な「teploティーポット」

 帰国後は、煎茶に精通した人、茶葉生産者、喫茶店、飲料メーカーなどを訪ね歩く。最適な入れ方は種類ごとに、手首の動作や茶葉の量、水温によって異なる。茶人なら飲み手の心理や体調、気候なども考慮し「入れ分け」をすることを学んだ。その中で「お茶の抽出はデジタルなポットに任せ、人は喫茶の本質であるコミュニケーションに集中できるようにしたい」との事業ポリシーも明確になっていった。

 18年2月に、国内大手飲料メーカーなどの出資を受け、大学院の同級生だったインド人共同経営者と日本法人を設立。20年8月から、スマホアプリで茶葉ごとに最適な方法を本体に指示し自動抽出する「teploティーポット」を日・米で発売した(価格は3万4千円台)。内蔵センサーを使い、ユーザーの状態や周囲の環境に合わせた調整もできる。22年7月には、国内の職人が作った薄づくりのガラスなどを用いた水出し茶専用のカラフェ・グラスセットの販売も始めた。電子機器ではなく「完全にアナログ」だが、事業ポリシーに沿った製品で、公式茶葉パッケージ(緑茶、紅茶、中国茶、ハーブティーで計30種類)とともに、23年度のグッドデザイン賞をダブル受賞した。23年2月には業務用の「teploティーポット プロ」も、リース方式で国内向けに提供。カフェ、飲食店のほか、クリニックで「主に検査の休憩時間にお茶を出すために」使われているという。

 当初は「事業の先行きは不明で、顧客も新しい物好きの人が多かった」が、最近は「おいしいお茶を飲みたいからという流れに変わってきた」。発売3年目で公式茶葉の売れ行きは、初年度の3.7倍(個人用2.5倍、法人用6.5倍)になった。最近では中国、韓国、ヨーロッパ諸国など、海外からの引き合いも増えている。

 公社の提供サービスについて、河野辺さんは「(都内で)起業を目指す人なら、使わない手はないと思う。米国でも、無償の支援は非常に少なかった。ビジネスプラン作りや助成制度はクオリティーが高く、貴重なアドバイスも受けられる」と話している。

 ソーシャルビジネス事業「タテナオシ」を展開する合同会社Renovate Japan(東京都国分寺市)代表の甲斐隆之さん(29)は、創業ステーションTAMAを利用した1人。

 「タテナオシ」は、一般家庭の空き家を借りて「表層リフォーム」(DIY レベルの壁紙張り替えや塗装を施す)中の物件を、民間の非営利団体と連携し、ドメスティックバイオレンス(DV)などで緊急・一時避難が必要な人たちの「駆け込み寺」として提供する。利用者は完成した個室に住みながら、2~3カ月間、残りのリノベ作業を手伝う。その間に就職先探しや生活保護の手続きなどを行い、生活を立て直すきっかけにしてもらう。

リフォームされた家屋で「タテナオシ」について語る甲斐隆之さん

 1泊の費用負担は水道光熱費分程度。住み込みの利用者は時給制で、当人の状況に合わせて柔軟に作業へ参加し、収入を得る。家はリフォームが済むと、一般向けにシェアハウスやゲストハウスなどの形で収益化し、ビジネスとしての継続性を担保する。これまでに都内4軒で、延べ5人が「駆け込み寺」を利用した。現在、静岡県で5軒目となる旧ビジネスホテルのリフォームを進めている。

 甲斐さんは小学校時代に父親を亡くし、公立の中、高校から国立大学へ進学。大学の講義をきっかけに「自分は父親を亡くし、自力で頑張ってきたつもりだったが、日本では各種の支援制度があり、公立教育も充実していた。世界にはこうした制度につながることができない人がたくさんいる」と貧困問題に関心を持ち、開発経済学を専攻。カナダの大学院に留学。帰国後の20年10月に学生時代の知人や後輩とRenovate Japanを設立した。

 甲斐さんは「社会課題には公共セクターも民間セクターも手を付けられず、取りこぼされている領域がある」と指摘した上で、タテナオシの利用者のように「働きたいのに働けない人たちがいる。これを『非効率』と捉え、効率化するイノベーションを目指し、民間のソーシャルビジネスでアプローチした。そうすれば、公共との役割分担もスムーズになるのではないかと考えた」と話している。

 こうした構想を具体化していく上で、創業ステーションTAMAから多くのサポートを受けたといい、23年4月からは自らも創業ステーションTAMAのコンシェルジュを週に1回ほど務めている。起業を目指す相談者には「どうしても突っ走りがちになるので、スモールステップを大事にしていきましょう」と語りかけ、伴走しているという。

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