QRコードが相変わらず市場での存在感を拡大している。
もともとバーコードの拡張版として日本企業が作った規格なのに、一般利用者向け用途、その中でもキャッシュレス分野での活用について、日本市場の反応は当初冷淡だったように思う。
それはそうなのだ。日本には世界に先駆けて作ったFeliCa規格があり、その秀逸な実装例としてSuicaがある。電波を使うFeliCaに対して、光学機器で紋様化された情報を読み取るQRコードは、いかにも通信効率が悪い。なぜ通信規格として劣化したQRコードをわざわざ導入し始めなければならないのか、と発想するのは自然である。
しかし、スマートフォンの普及やインバウンド需要の拡大を受けて、この見方は変更を余儀なくされた。FeliCaを扱うには、その規格に合致したICカードやスマートフォンを所持し、利用者の決済情報と紐付ける必要がある。それなりの手間だ。
日本国内に住み、継続的にその恩恵を受けられるのであれば、手間以上のメリットが約束されるだろう。しかし、一時的に日本に滞在するだけの利用者にとってはそうではない。
面倒な手続きもなく、デポジット(保証金)も支払わずに素早く使い始められるQRコード決済の方が利便性が高い。しかも、比較的性能が抑えられたスマートフォンを利用していてFeliCaなどのNFC(近距離無線チップ)を持たないユーザーでもQRコードであれば使えるのである。
お店にとっても事情は同じである。QRコード決済しか対応しなくて良いと割り切ってしまえばスマホ一つでキャッシュレス決済が導入可能であるし、もっと言えばそのスマホすらお客さんのものを使わせてもらえば、お店にQRコードを置いておくだけでも導入できる。何もかもお客さん任せになるが、QRコードをカメラで読み取ってもらって、支払金額も自分で入力してもらうのである。
QRコードの面白さはその汎用性と柔軟性にあると思う。ある仕組みを考えたり作ったりするのもすごいのだが、その仕組みを作成者が思いもよらなかったものへ転用したり、新しい使い方を思いつくのも同等以上の「発明」だと思うのだ。
ただ、面白すぎて収拾がつかなくなるケースもあるので注意しておきたい。例えば、「ジュースをごちそうしてください」と言って、自販機に示されたQRコードをSNSに投稿する。誰かがそれを読み取って決済することで、奇妙なお金の移転が生じる。
小額で、パーティージョークのようなものであれば、問題は生じないかもしれない。しかし、明らかに施策側は意図していない使い方であるし、これが一般的になると、例えば「ジュースをごちそうしてください」といいつつ、示すQRコードは高額な不動産の支払いであるような詐欺も現れるだろう。
「支払う前に金額を確認できるよ」と言っても、詐欺というのは引っかかる人はどんなに怪しい口上にも引っかかる。
柔軟性や創造性を妨げるような規制をしてはいけないが、何にでも使えるしくみは、どんな悪用にも使えることもまた知っておかねばならないと思う。
【著者略歴】
岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」(光文社新書)など。