支持率回復とかけてサトゥルヌスととく

 岸田文雄政権の支持率が、にわかに回復しつつある。共同通信社の2月中旬の調査では33.6%であったが、3月には38.1%まで上昇した。もっとも、得てして支持率の下落には明確な理由があるものの、上昇要因を特定することは難しい。今回の支持率回復も、「風が吹けば桶屋がもうかるというが、単にコロナ禍が収まってきているからではないか」(自民・中堅議員)といった冷ややかな声もある。

 まだ高水準とはいえないものの、内閣支持率は底を打ち、とりあえずは「危険水域」を脱した。それどころか、昨年11月に3閣僚が立て続けに更迭された際には、「万事休す、サミットまで政権が持つか分からない」(官邸関係者)と絶望感さえ漂ったが、今では「総理はサミット成功の余勢を駆って解散に打って出るのではないか」とまことしやかにささやかれる。

 確かに新型コロナウイルス感染症の終息と内閣支持率の復調は時期が重なるため、「国民の気分的なもの」(前出・中堅議員)が影響していることは間違いない。国民の関心が旧統一教会問題から安全保障政策、さらには子育て支援策に移ってきたことも、岸田政権にとってプラスに働いている。「バスに乗り遅れないためのウクライナ訪問」(立憲民主・若手議員)も、マイナスには働かなかった。

 旧態依然とした野党の体たらくも、岸田政権には追い風になっている。非自民勢力がもともと脆弱(ぜいじゃく)であるにもかかわらず一体性に欠け、連携も不十分であるため、岸田政権を脅かす存在からほど遠くなっている。のみならず、衆院憲法審査会の毎週開催を立憲民主党の議員が「サルがやること」と発言して猛批判を浴びるなど、最大野党のオウンゴールも見られる。

 しかし、そもそも岸田政権が支持されている最大の理由は政策や人柄などではなく、「ほかに適当な人がいない」が断トツで48.3%を占める。他に現実的な選択肢がなく、大きな失政をしなければ、相対評価で現職首相の支持率が高まることは十分にあり得る。内閣支持率が比較的高水準で推移した安倍晋三政権の時代も同様であった。

 もっとも、留意しなければならないのは、「ほかに適当な人がいない」は必ずしも偶発的な状況ではなく、作為によってもたらされる場合があることである。たとえば、安倍首相(当時)は何かにつけて対抗心をあらわにした石破茂元幹事長を徹底的に干すことによって、「ほかに適当な人がいない」状態をつくり出し、政権の安定化を図った。

 岸田首相の場合、実はもっと巧みかもしれない。岸田首相は2021年総裁選を争った河野太郎氏や高市早苗氏をはじめ、首相の座を狙っている茂木敏充氏や林芳正氏、萩生田光一氏、西村康稔氏らを政権に取り入れ、一見したところ、切磋琢磨させながら後継者を育てている。しかし、斜めから見れば、彼らに政権の外で寝刃を合わさせないように、さらには、あえて総裁候補として汚点が付けられるのを待っているようにも思える。

 防衛相時代の河野氏の「気球に聞いてください」発言や総務相時代の高市氏の放送法文書問題、林外相のG20欠席問題などで彼らの評価は低下したが、逆に誰が得をしたかと言えば、岸田首相にほかならない。「古今東西を問わず、長期政権の秘訣(ひけつ)は、自分の地位を脅かす者を失脚させることだ」(自民三役経験者)とは言い得て妙である。

 ローマ神話に登場するサトゥルヌスは、いずれ自分の子どもに命を奪われるとの予言におびえ、5人の子を次々と食い殺して生き延びようとしたという。決して岸田首相とサトゥルヌスを同一視するわけではないが、最近の支持率回復の背景にポスト岸田を狙う面々の失態が透けて見えると、なぜかこの“神”のことを思い出してしまう。次の世論調査で内閣支持率はどうなっているだろうか。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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