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DXの実相 【岡嶋教授のデジタル指南】

 「電子化」という言葉が誤ったイメージを喚起するのであれば別の言葉を、ということで、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」などの概念や用語が導入されました。しかし、今のところ大成功している事例は少なく、手元のツールにAI(人工知能)っぽいものを導入してお茶を濁している事例が多いです。いつか来た道です。

 成功事例としてよくネットミーム(ネット上で人づてに拡散されるコンセプト)に上がってくるのはロボット掃除機です。確かにいい事例だと思います。DXには見えないかもしれませんが、教育現場にタブレットを導入して「DXだ!」などとやっているケースよりよっぽどDXだと思います。

 電気掃除機の普及は掃除をとても楽にしましたが、よくよく考えてみると道具が変わっただけとも言えます。ほうきが掃除機に置き換わって、掃除に必要な時間や体力、掃除の精度は変わりましたが、人を掃除から解放するには至りませんでした。相変わらず私たちは掃除をやっています。

 でも、事がロボット掃除機になると、うまく動いてくれれば「掃除からの手離れ」が実現します。もう掃除しなくていいんです。意識すらしなくても、ロボット掃除機が自動的に部屋をきれいにしてくれます。単に「掃除が楽になった」だけで終わらず、「掃除からの解放」という新しい価値を創出したと考えることができます。「新しい価値の創出」はDXの目標の一つですよね。

 ところが、この目標はロボット掃除機を買ってくるだけでは実現しません。ロボット掃除機が活躍しやすいように、侵入すると面倒なことになる場所はガードし、段差をなくし、何よりもある程度部屋を片づけて移動しやすい環境をつくってあげる必要があります。

 人によっては、わざわざリビングの椅子を肘掛けつきにして、ロボット掃除機を動かすときにはテーブルにちょこっと引っかけることで、掃除の邪魔をしないように生活を更新しています。まさにトランスフォーメーションです。

 新しい価値を生み出すためには、デジタルな道具(ロボット掃除機)を導入するだけではダメで、自分の生活や業務をトランスフォーム(片付けるとか、椅子を換えるとか)する必要があるわけです。

 それによって、大きな価値(掃除からの解放)を手にする人もいれば、「ロボットのために自分の生活を変えるなんて! ロボットが自分に合わせろ!」と怒ってしまって、ロボット掃除機の真価を享受できない人もいます。

 ビジネスの現場でも全く同じことが起こっているわけです。

 「変わりたくない」は分かるんです。学習コストはかけたくないですし、何かが変わった瞬間はインシデント発生率も高くなります。万難を排してトランスフォームしても、大して効果が出ないDX施策もあるでしょう。

 でも、これらを忌避してトランスフォームを諦めると、新しい価値を手にできなかったり、デジタルな道具を自分に合わせてカスタマイズするために際限なくコストがかかったりといった副作用が生じます。後者はコストがかかっても、効果を発揮すればまだマシですが、お金を投じても投じても結局もとの価値は獲得できないことがあります。

 そこまで変わることが苦手なら、いっそ「変わらないこと」が長所になる次の産業の出現を待つ手もありそうですが、今のところその兆しはありません。外観だけ電子化するのは簡単ですが、電子化のもともとの目的である、「新しい価値を生み出す。もっとよりよい生活へ変えていく」を実現するために、痛みを伴ったとしても、組織構造や、指揮命令系統、働き方までを含めた変化に挑戦すべき時期に来ています。

【著者略歴】

 岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/政策文化総合研究所所長。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」「プログラミング/システム」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」「Web3とは何か」(光文社新書)など。


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