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政治家の言葉力

 1933年に就任した米国のフランクリン・ルーズベルト大統領の高い人気の背景には、ラジオ放送を通じ、政策や見解を国民に直接訴えかける手法があった。それまでは紙媒体が大多数の国民との主な“接点”であったが、肉声で直接語りかける「炉辺談話」は政治と国民との新しい懸け橋として利活用され、両者の距離を縮めた。

 ジョン・F・ケネディ大統領もまた、言葉を選んで国民に直接語りかけ、テレビ映像も多分に意識した。皮肉にも、彼の死の重みを速報で伝えたのもテレビであった。普段は冷静なCBSテレビのキャスター、ウォルター・クロンカイト氏が眼鏡を外し、涙をこらえながら悲報を伝える声と映像は、全米、さらには世界中を悲嘆させた。

 9月27日、日本武道館で安倍晋三元首相の国葬が執り行われた。葬儀委員長の岸田文雄首相によって追悼の辞が読み上げられたが、その場にいた参列者にも、「いつも通り、心に響かなかった」(自民中堅議員)という。だが、岸田首相の最大の仕事は、むしろその前にあった。

 岸田首相の口癖は「丁寧な説明」である。国葬に関して反対論や慎重論が多いことについても、「さまざまな機会を通じて丁寧に説明していきたい」と繰り返し語った。しかし、一人でも多くの国民の理解が得られるよう、真剣かつ全力で「丁寧な説明」を重ねたとは言い難い。共同通信の直近の世論調査(10月8、9日)で61.9%が安倍元首相の国葬を「評価しない」と答えた原因の一つは、まさに岸田首相の説明不足に帰せられる。

 岸田首相と対照的だったのが、友人代表として弔辞を読み上げた菅義偉前首相である。多くの国民が前首相の話しぶりや言葉に感動し、涙した。松原泰道禅師の言葉を借りるならば、菅前首相の弔辞には確かな「心の足音」があったのだろう。弔辞の中身を問題視するマスコミや評論家も散見されるが、「近年、これだけ一つひとつの言葉が注目された政治家のあいさつは珍しい」(前出・中堅議員)。

 言霊とまでは言わないまでも、言葉にはすさまじい力が備わっている。良くも悪くも政治家はそれを最大限に利活用しなければならず、そのためにボイストレーニングを受けたり、スピーチライターを頼んだりもする。岸田首相も記者会見や国会答弁の際には、例えば異常なまでに“助詞”に力を入れながら明瞭に話そうとする。

 しかし、どれだけ立て板に水のように話せても、心を伴っていなければ感動も説得力も乏しく、記憶にも残らないものである。「寝て起きて忘れるような言葉なら要らない」(歌手の浜崎あゆみ氏)との指摘は、とりわけ語り手が政治家の場合、あながち間違いではないかもしれない。

 国会における追悼演説でも、心が込められているかどうかで言葉力が大きく左右されやすい。故小渕恵三氏に対する村山富市元首相の「この沖縄サミットだけは君の手で完結させてほしかった」、故山本孝史氏に対する尾辻秀久氏(現・参院議長)の「先生、今日は外は雪です。随分やせておられましたから、寒くはありませんか」などは心と感情のこもった名演説として、今も語り継がれている。今月中にも行われるであろう安倍元首相に対する追悼演説が人々の心を強く打てば、野田佳彦元首相の評価も上がるかもしれない。

 演説でもあいさつでも、あるいは記者会見や国会答弁でも、政治家はとつ弁よりも雄弁の方がいいに決まっている。しかし、何よりも重要なのは相手と真剣に向き合い、発する言葉に心と気持ち、魂を込めることではないか。どれだけ耳あたりがよくても、どれだけ流ちょうでも、さらにたとえ息子を首席秘書官に据えても、心のこもっていない言葉は画龍点睛を欠くといってよい。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。


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