これも一つの国会改革

 この数週間、対話型人工知能(AI)のチャットGPTをめぐる話題が増えている。個人情報の保護などが徹底されれば、早晩、行政機関でも活用される勢いである。西村康稔経産相は「国家公務員の業務負担軽減」を目的に、将来、国会答弁対応に際しても活用される可能性を示唆した。試験的ながら、国会ではすでにチャットGPTを使った質問も行われている。

 国会での質疑といっても、これまでは質問者も答弁者も単に原稿を読み上げるだけの無味乾燥なやり取りが多く、チャットGPTが活用されても、それほど違和感はないかもしれない。岸田文雄首相の発言や答弁も、感情や温もりといった要素が薄く、「すでにチャットGPTを活用しているのではないか」(維新・若手議員)と皮肉られる。「形ばかりの言論の府」を嘆く者はすこぶる多い。

 しかし、4月27日に行われた、自民党の森山裕選対委員長の演説は国会が失った、少なくとも失いかけている「言葉」の大切さを多くの者に再認識させた。国会議員永年在職表彰を受けての6分間の謝辞は与野党から絶賛され、議場は万雷の拍手に包まれた。衆院インターネットテレビやユーチューブなどでは数十万回も再生されているという。敬遠されがちな政治家の演説が、これほど注目されるのも珍しい。

 若手議員を中心に、近年、国会議員はスマートになったと言われる。演説でもあいさつでも、まさに立て板に水のごとく、すらすらと言葉が発せられる。しかし、そこに言葉の重みが感じられないだけでなく、「心」が込められていないため、「論語」の「巧言令色」を連想させる場合が少なくない。経験ではなく知識だけで話し、心ではなく頭で語っているためかもしれない。

 それに比し、森山氏は必ずしも雄弁ではないし、演説に派手さや飾り気もない。「泥臭い政治家」(周辺)ともいえる。だが、訥(とつ)弁ながらも、森山氏の言葉からは誠意がにじみ出ている。「心」が宿った言葉だからこそ、たとえパソコンやスマホの画面を通してでも、視聴者は感動する。多くの国民は半ば諦めながらも、こうした「実のある言論」を求めていた。

 森山氏が自民党の国対委員長を1534日間の長期にわたって務め、野党から絶大な信頼を得たのも、さらには選対委員長として衆院小選挙区の「10増10減」の党内調整を成し遂げられたのも、人柄と誠意のたまものだといわれる。「あの難易な候補者調整は森山さんにしかできなかった。岸田首相も頭が上がらないのではないか」(自民・中堅議員)といった見方を永田町で否定する者は誰もいない。

 森山氏はまた、この短い演説の中で、自身の政治の原点、自身のレゾンデートル(存在意義)も明確かつ端的に語っている。政治家として何を成し遂げたいか、課せられた時代の使命が何なのかも考えず、ただ政治家になりたい気持ちだけでバッジをつけた議員は少なくない。そうした議員たちにとって、森山演説は暗黙の教訓と諫言になったはずである。

 国会を活性化させるため、これまでさまざまな改革が行われてきた。国会議員の質を高めるため、さまざまな提言もなされてきた。しかし、今回の森山演説を機に考えられるのは、国会議員在職5年や10年、20年といった節目に本会議場の演壇に立ち、それぞれの議員が自己評価を披露することである。もしも実現すれば、素の政治信念や目標、軌跡が大きく問われることになるが、もちろん容易なことではない。

 だが、少なくとも今回の森山演説で、永年在職表彰の謝辞のハードルがかなり高くなったことは間違いない。このため、「次の人はやりにくいよ」(閣僚経験者)といった声も聞かれる。これが事実だとするならば、森山氏はまさに身をもって一つの国会改革を実現したと言ってもよいのではないか。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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