「政治的レガシー」とかけて「上川元法相」ととく

 判断が後手に回ったり、結果が裏目に出たり、あるいはそもそもの対応が生ぬるかったりで、参院選後、岸田文雄政権の支持率が急落している。調査によっては不支持率が支持率を上回る。街中には参院選前に貼られたであろう自民党のポスターがまだ残っているが、そこに躍る「決断と実行」のスローガンは、今となっては皮肉にも見える。

 首相に近い自民党若手議員の一人は、「予期せぬ出来事が重なったためで、徐々に元の軌道に戻るだろう」と楽観視する。だが、政権と距離を置く閣僚経験者は、「今の岸田さんが本当の姿。人はいいが、正しい決断を迅速にできる人ではない」と言い切る。そして「まだ若干早いかもしれないが、そろそろ何かしらの政治的レガシー(遺産)を残す準備を始めたほうがいいかもしれない」と指摘する。

 岸田首相は「新しい資本主義」を目指すと豪語するが、就任から1年近くたっても、その具体策は示されない。参院選では憲法改正も訴えたが、その実現に向けたエネルギーは伝わってこない。いつまで首相を務められるかにもよるが、このままでは何のレガシーも残せずに政権を去ることは十分に考えられる。

 イギリスでは先週、トラス氏が3人目の女性首相に就任した。先進7カ国の中では、メルケル氏のドイツは言うに及ばず、カナダでも女性が首相を務めた例がある。アジアでも、韓国やフィリピン、タイなどで女性が政権を担ったことがある。しかし、わが国では「政治分野における女性活躍」が声高に叫ばれているものの、初の女性首相誕生の兆しは一向に見えてこない。

 日本で女性首相が誕生しない大きな理由の一つは、国会議員に初当選してから首相になるまでの道のりがあまりにも長いことである。故安倍晋三元首相は初当選からわずか13年で第一次政権を担ったが、それは稀有なことであった。平均は約30年で、岸田首相も首相の座を射止めるまで永田町で28年間を要した。

 しかし、この「議員歴30年」の暗黙の要件と年功序列人事がいわば“ガラスの天井”となり、わが国における女性首相の誕生を阻んでいるといえる。サッチャー氏やメイ氏は初当選から首相になるまで20年近くかかったが、トラス首相の議員歴はわずか12年にすぎない。メルケル氏も15年の議員歴でドイツの首相となった。議員歴が短くても首相の座を狙うことができるようになれば、女性議員や若手議員に有利に働くし、異なる世界での経験者が政治に参入しやすくもなる。

 さらに、そうした国々では、実力を兼ね備えていれば、あたかも将来のリーダーに育つよう、初当選直後からさまざまなポストに就け、経験を積ませながら脚光を浴びさせている。もっとも、「わが国では女性議員の方が入閣しやすいというだけで男性議員は嫉妬している。それに、女性議員同士の足の引っ張り合いもすさまじい」(自民党中堅議員)という。

 もともと岸田首相は自民党内でもリベラル色が強いとされてきた。また、わが国で初の女性閣僚を任命したのは、岸田首相が尊敬してやまない池田勇人首相(当時)であった。それならば、岸田首相はわが国初の女性首相誕生に向けて全力を挙げてもいいはずであるし、もしも成就すれば、後世、それが岸田首相の立派なレガシーになり得る。

 前出の中堅議員に水を向けると、「本人はその意欲がないかもしれないが、岸田首相の育て方次第で初の女性首相になり得る人はただ一人ではないか」と前置きし、ずばり上川陽子元法相の名を挙げた。「男とか女とか関係なく、あれほど腹の据わった政治家は見たことがない。静かな『上川総理待望論』が起こるかもしれない」との見方に頷く人は、永田町では決して少なくない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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