上海の超高層ビル群(Getty Images)

「異聞中国トレンド」 当局による断れない〝談話〟  ある若手経営者の自死から考える

上海の超高層ビル群(Getty Images)

 

昨年11月11日午前4時36分、中国江蘇省の常州市(南京と上海の中間あたりに位置する)の有名な企業家、承勇氏が遺書を残し、飛び降り自殺した。その日、彼が経営する会社の「常州華立液圧潤滑設備有限公司(以下、「常州華立」と略す)」が死因を公表。「常州華立」の董事長(会長)である承勇氏が、自身の無実を証明するために飛び降り自殺したと伝えた。ただ、その日の午後、公表文はネット上から削除されていた。

承勇氏が経営する「常州華立」はもともと、国の農業用機械の製造企業であった。国有企業から民営企業に、という政府方針に従い、承勇氏の父親が「常州華立」を引き受け、潤滑機械の製造業としてビジネスを成功させた。

2018年から、承勇氏が父親の跡を継ぎ、「常州華立」の会長と法人代表に就いた。彼の指導のもと、海外業務にも進出し、年間の売り上げは4億元(=約83億円)を超えた。そんな中、昨年11月、承勇氏は常州市の紀律監察委員会に〝談話〟されたのだ。この談話とは、当局による任意の事情聴取を指す。

〝談話〟後、この優秀な中国人企業家は遺書を書いて、また自分のSNS上に書き込みを残したまま、飛び降りた。

彼の遺書には「800万(元)の預かり金、またこの前に認めた、すべての賄賂行為は事実ではなかった。そのとき、金を納めれば、(取り調べが)早く終わるとばかり思ったので、なげやりに認めてしまった」という言葉が書かれていたという。時間は、2023年11月11日の午前零時24分。その後、彼は自分の携帯電話で次のような書き込みを残して、飛び降りた。わずか44歳であった。

「尊敬する上司および同僚たちへ:最近、自分が(常州)市の紀律監察委員会に談話された。(副区長の楊康成が)資金を貸しだす問題に関する調査であった。彼(副区長の楊)から800万元の貯金および現金での賄賂を受けとった事実がないことを誓います。中(取り締まりの部屋)にいるとき、金を納めれば、すぐ釈放されると思った。しかし、その結果(認めたことは)進みも後退もできないジレンマに陥った。尋問を受けた小屋は耐えがたい。抑圧感も強い。自分の精神が弱いかもしれないが、1日は1年のように長かった。これからも(同じように)続く。疲れ切ったので、先に行かせてください」

飛び降り事案の後、常州市委員会の宣伝部が「事情は調査中だ」と言ったが、同市の紀律監察委員会などは終始、ノーコメントであった、と「南方都市報」が報じた。

▼表舞台から姿が消えたマー氏

ネット上では「誰が紀律委員会を監督するの?」「調査されて、知っていることを言うべきだろう」「本当に自殺だろうか」「真相を知りたい」などなど、人々は承勇氏の死を惜しむ一方、企業家の地位や人身安全などに関するさまざまな問題までに注目が集まり、議論が盛んになった。

地元のマスコミや「財新」など全国の経済紙なども、この企業家の飛び降り事案を報道した。しかし、報道から数日後には、多くの記事がネット上から削除され、議論や書き込みもできなくなった。人々の怒りの矛先が政府に向けないように封じ込めることにしたとみられる。

中国政府が恐れたのは議論ではなく、「紀律監察委員会」という制度の問題が市民に批判されることであった。そもそも、習近平氏が中国最高指導者になって以来、「紀律監察委員会」の権限を強化し、腐敗を取り締まるという名目で、政敵を倒し続けてきたのだ。

この数年間、極めて大きな権力が民営企業家を標的するようになった。民営企業の発展より、国営企業をより大きく、より強くという方針を習近平氏が推し進めたいからだ。中国最大の通販サイトを育てた、アリババ創業者・ジャック・マー氏も、表舞台から姿を消し、それまでの影響力をほぼ取り除かされたことは象徴的な出来事だ。

▼一番大きな問題

中国政府の「紀律監察委員会」は誰に対しても任意で〝談話〟することができる。密室で行われるため、具体的なやり方は公表されない。しかし、承勇氏のケースのように、当局に〝談話〟されて、その後に自殺した、という話はしばしば伝えられている。「1日中、話を強要されて、寝る時間がわずか2時間だった」と承勇氏の家族や会社関係者が言っていたことから、この〝談話〟の厳しさが容易に想像できる。

承勇氏が体験させられたことは、任意の事情聴取であるはずの〝談話〟を名乗った、事実上の強制的な取り調べではないのか。政府部門の一つである、「紀律監察委員会」が〝正義〟を追求するのであるからといって、人権を無視した取り調べが許されていいのだろうか。これこそ習近平氏が信奉する中国共産党の党規で、一番の大きな問題なのではないか。

〝談話〟を名目にした取り調べは、中国では常態化しているようだ。「13家ネットプラットフォーム企業が談話された」(新華社 2021年4月29日)、「アリババ集団が株式上場前に(幹部)団体で中国の監視管理部門に「談話」された」(2020年11月3日 ウォールストリート中国語版)などなど。ネットを検索すると、このような記事が多く出てくる。

また「企業家が経営の活動をする中、常に紀律監査部門の調査を協力することが求められる」と中国最大のポータルサイト「網易」が指摘した。その記事にある弁護士のコメントを引用し、「もしそのようなとき(=談話の時に)に不適当な発言をした場合、偽証罪、賄賂罪、資金洗浄の罪に問われる可能性がある」と忠告していた。アリババのジャック・マー氏クラスの大物企業家でさえ「紀律監察部門」の〝談話〟を拒むことができないのであるから、承勇氏をはじめとする企業家の処遇は想像に難くない。

中国人による個人企業だけではなく、日本も含めて中国で展開している外資系も例外ではない。中国政府の逆麟に触れると、拒むことのできない〝談話〟が待っている。大手製薬会社アステラス製薬の日本人男性社員が、スパイ行為に関わったとして当局に逮捕され、いまだに解放されていない。企業側が当局による〝談話〟の求めを拒否することは事実上できず、最大限の注意が必要だろう。

習近平氏が、中国経済の成長のため、国有企業をより強くする政策を推進するのはいい。だが、しかしである。すべての企業経営者の人権を守り、決して冤罪が起きないようにする、それらの法律を整備することがなにより重要ではないか。

(中国ウオッチャー 龍 評)

 

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