2026年4月28日=2578
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算

この時期を迎えると必ずあの場面が鮮明によみがえる。転移が判明したあの日、2019年4月8日だ。
▽再発
その前年2018年6月に消化管間質腫瘍(ジスト)なる悪性腫瘍を胃に発症。胃をほぼ全摘手術することで安堵したのもつかの間、詳しい結果が手術後に出た。自分のがんは悪性度が極めて高く、転移や再発が高い確率で起きると分かった。
そこから抗がん剤治療が始まった。吐き気がする、全く食欲なしの副作用に加えて、胃手術の後遺症にも大いに苦しめられた。1度に食べられる量は激減し、消化液の容赦ない逆流で胸やけを通り越して喉やけの日々。体重は40キロ以上減らされ、その逆流を和らげるために就寝中は今でも体を起こしたままだ。でも自分なりに頑張った、がんが進行せぬよう。
それにも関わらず肝臓に転移した。そのとき死ぬ日時から逆算した余命ではなく、生きた日を数えながら生きようと決意した。2019年4月8日を「第一日」として。「足し算命」が誕生した。
▽あきらめない
今年2026年4月8日は、「足し算命2558」となった。感慨無量である。肝臓への転移から続けている現在の抗がん剤、これはこれで副作用もまあきっつい。手のひら足の裏の皮膚が硬くなって力を入れにくく、ペットボトルを開けることや歩くことがままならぬ。さらに検査結果からは少しずつとは言え腎臓や心臓の機能が低下している。
一方で転移から7年も生きられると、「がん」以外の病もやってくる。おととし2024年暮れには腰骨なる腰椎の骨折に見舞われた。この4月には上腕骨外側上顆炎を発病し、痛みに苦しんでいる。巷ではテニス肘とも呼ばれる。もちろんテニスなんていまごろやる訳ないし、しかも痛めたのは利き腕やない左腕だ。その上この痛み、腰椎骨折の時よりずぅっと強い。もぉやってられへん。
そうは言うても、私はいま生きている。ならば出来へんことはきっぱりすっぱりあきらめ、でも生きることはあきらめへん。
▽友と再会
という訳でこんな己にも生きる力を与えてくれる「出会い」を求め、このたび福岡の地を訪ねた。わが友に再会するためだ。
彼とはがん発病後に共通の友人を通して知り合った。間接的に現在の活動を知ってはいたが、対面で会うことが数年ぶりにようやく実現できた。わたくし同様にホスピス緩和ケア医である彼は、誰かと違って現役バリバリの医者である。私生活も含めて仕事内容の話もいっぱい聞けた。
例えば、『職場の隣の土地を私費で購入して施設、延いては患者に役立つものにしたい。その費用に充てるため書籍を出版した』などと。生きた証を世に残したいと自らだけのために書を著したやつとは大違いだ。でも彼の生き様を知り、とうてい自分に真似はできへんけれど、生きる力をもらえた。再会できてホントに嬉しかった。
▽衝撃の車内放送
ところでこの福岡への旅は、大変やった。わたくしが住まう三重から名古屋経由で新幹線に乗り、広島駅を通過した辺りでの車内放送が衝撃だった。
「このさき駅構内では多くのお客様がご利用なさっております。従いましてトイレはこの車内でお済まし頂けるようお願い申し上げます」
まぁその場でメモってないので文言の細かな所はお許しを。要するに博多駅構内は混雑しすぎてトイレに入れへんから、今のうち新幹線内トイレを使っとけよ、いう話やろう。60年あまり生きてきて初めてのことやった。
実は大物アーティストたちも時を同じく福岡に集結していたのである。氷川きよしさん、ドリカムさん、そして最たるもの・・・活動解散を公表した超人気グループだ。ライブは夕方からなのに、午前中から駅ホームにはグッズを手にしたファンと思しき姿が。
コンサートに行く人、前日に見終えて帰る人。報道では数万人から10万人超えとあった。もしかすると我々も含まれていたかな。この度は専属秘書も同行した。それはともかく、生きてればこその新しい発見やった。楽しかった。ありがとお~ARASHIさん!
ところで昨年10月にわが書を出版すること叶いました。「がんになった緩和ケア医が、本気でホスピスを考えてみた」(双葉社より、税込み1650円)もしも関心をお持ちくださったならば手に取っていただけますと甚だ幸いでございます。また我がユーチューブらいぶ配信、こちらもしぶとく続けています。チャンネル名「足し算命・大橋洋平の間」。配信日時が不定期なためご視聴しづらいとは察しますが、気ぃ向かれましたならばお付き合いくださいな。ご登録も大歓迎。応援してもらえると生きる力になります。引き続きご贔屓のほど何卒よろしくお願い申し上げまぁす!!
(発信中、フェイスブックおよびYouTubeチャンネル「足し算命・大橋洋平の間」)
おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、20年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)、21年10月「緩和ケア医 がんと生きる40の言葉」(双葉社)、22年11月「緩和ケア医 がんを生きる31の奇跡」(双葉社)、25年「がんになった緩和ケア医が、本気でホスピスを考えてみた」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。
このコーナーではがん闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。
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