季節は初夏を迎え、新緑がいっそう鮮やかさを増していますね。連休の慌ただしさが落ち着き、夏休みシーズンにもまだ少し早いこの時期は、豊かな自然の中で静かに温泉を楽しむのにちょうどいい季節です。まだ虫が少ないのもうれしいですよね。
山あいの温泉地に足を運べば、木々を揺らす風に森の甘い香りが混じり、日差しは明るく空気は澄んでいる―。今回は、初夏の新緑を味わえる岐阜県・奥飛騨温泉郷の新穂高温泉にある「旅館 焼乃湯(やけのゆ)」をご紹介します。

平湯、新平湯、福地、栃尾、新穂高の五つの温泉地からなる奥飛騨温泉郷は、岐阜県を代表する温泉地です。北アルプスの山々に囲まれた立地ならではの雄大な自然と豊富な湯量に恵まれ、山あいの温泉地として親しまれています。中でも新穂高温泉は、新穂高ロープウェイの玄関口としても知られ、山岳の美しい景色が魅力です。標高の高いエリアに位置するため、夏でも比較的涼しく、四季折々の景色とともに湯浴みを楽しめます。


「旅館 焼乃湯」は、周囲の緑に溶け込む素朴な和風旅館です。館内に入ると、木の柱や梁を生かしたロビーが広がり、どこか懐かしい空気に包まれ、肩の力を抜いて過ごせる安心感があります。奥飛騨の自然にしっくりなじむ宿だと感じました。

温泉は、男女別の内湯に加え、三つの貸し切り露天風呂を備えています。しかも、すべて掛け流しとなっています。新穂高の自然を身近に感じながら、思い思いの湯浴みができるのが大きな魅力です。
泉質は、単純硫黄温泉(硫化水素型)で、無色透明のお湯には白い湯の花が舞い、ほのかに甘く濃い硫黄の香りが立ちのぼります。口に含むと、甘みを帯びたダシのような味わいに薄い塩味が重なり、ほんのり甘玉子のようなニュアンスも感じられました。肌ざわりは、つるつる、すべすべとしながら、きゅっと引っかかる感触も同時にあり、豊かな成分を感じさせます。湯上がりは肌がさらさらに整いながら、体の芯にはぽかぽかとした温もりがしっかり残ります。



男女別の内湯は、落ち着いた石使いが印象的でレトロな雰囲気があります。シンプルな造りは、静かに湯そのものと向き合える空間です。
貸し切りの露天風呂は「錫杖(しゃくじょう)の湯」「見峰(みねみ)の湯」「地獄釜の湯」の3カ所で、それぞれに個性があり、入る時間によってもその表情を変えます。
「錫杖の湯」は、岩を大きく配した野趣あふれる造りになっています。木のぬくもりを感じる半屋根の下、岩造りの湯船に身を沈めると、視界には新緑と青空がふっと広がります。開放感がありながらも落ち着きがあり、山の宿らしい露天風呂の魅力をじっくり味わえます。
「見峰の湯」は、木の浴槽と岩の湯船の二つのお風呂があります。こちらは湯船の向こうに、壮大な山並みを望みます。夕方になると光が優しく差し込み、湯面には空や雲が映り込んで、景色ごと湯につかっているような気分になります。風が抜けるたび、初夏の森の甘い香りがふわりと混じるのも心地よく感じられました。
三つ目は「地獄釜の湯」です。丸い湯船と木塀に囲まれた空間は、ほどよいこもり感がありながら、正面には奥飛騨の山々が静かに広がります。夜になると空気はいっそう澄み、湯に身を沈めて見上げると、木立の向こうには星空が広がっていました。昼の新緑も魅力的ですが、夜の露天にはまた別のぜいたくさがあります。


夕食には、飛騨牛の味噌陶板焼きをはじめ、川魚の塩焼き、お造り、山菜の煮物、天ぷらなどが並び、岐阜の山の恵みをじっくり味わえます。飛騨牛は味噌の香ばしさをまといながら焼き上がり、野菜やきのこと一緒にいただくと、ごはんが進むおいしさ。川魚の塩焼きなど、山あいの宿らしいメニューが印象的でした。
朝食は焼き魚や温泉卵、とろろ、小鉢などを中心とした和朝食で、岐阜名物「朴葉味噌」も登場します。奥飛騨の朝の空気の中でいただく素朴な献立は、宿時間の締めくくりにもよく似合います。
新緑が美しい季節に、掛け流しの硫黄泉に入り、山の空気を吸い込み、夜は星空を見上げる。そんな時間をゆったり味わえる「旅館 焼乃湯」は、奥飛騨の自然と温泉の魅力を素直に感じさせてくれる一軒です。連休と夏休みのあいだの比較的静かな時期に訪れれば、そんな山あいの温泉地の気持ち良さをいっそう感じられるはずです。
【奥飛騨温泉郷・新穂高温泉 旅館 焼乃湯】
住所 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷中尾365
電話番号 0578-89-2704
【泉質】
単純硫黄温泉[硫化水素型](低張性 中性 高温泉)/泉温87.4度/pH:6.3/湧出状況:不明(動力)/湧出量:不明/加水:あり/加温:なし/循環:なし/消毒:なし ◆掛け流し
【筆者略歴】
小松 歩(こまつ あゆむ) 東京生まれ。温泉ソムリエ(マスター★)、温泉入浴指導員、温泉観光実践士。交通事故の後遺症のリハビリで湯治を体験し、温泉に目覚める(知床での車中、ヒグマに衝突し頚椎骨折)。現在、総入湯数は3,000以上。好きな温泉は草津温泉、古遠部温泉(青森県)
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