さまざまな技術を持つメーカーがひしめく東京都大田区。その中で「三美テックス」は異色の機械メーカーだ。従業員60人の中小企業だが世界67カ国に納品し、技術を評価されている。主力事業は3つ。電力関連機器、家電関連機器、充填(じゅうてん)機の製造・販売。製品分野は多岐にわたるが、キーワードは油や塗料といった「流体(液体)」だ。
■皮切りは「絶縁油浄化」
創業は1950(昭和25)年、田丸久竹氏が神奈川県川崎市の新丸子に「三美工業」を設立した。鉱山会社に勤める久竹氏は電気と化学に詳しく、水分吸着力が強い物質「活性アルミナ(アルソ)」に着目。これは感電や意図しない回路へ電気が流れることを防ぐ絶縁油の性能を維持・向上させることができる。
このアルソを用いて不純物を排出して変圧器を長期間使用可能とする「電気絶縁油浄化装置」を開発。電力需要が伸びていた当時、「変電所などに設置する変圧器の絶縁に使える」と電力会社に採用されることになる。
東京都目黒区に本社工場を移転後、油に含まれる不要な水分やガスを取り除く「真空浄油機」など流体物質をろ過する製品を世に出し、評価を高めた。その後、エアコンや冷蔵庫などで熱の移動に使う流体である「冷媒」に関する機器を開発することで家電・自動車などの業界にも事業の輪を広げていく。
現社長の田丸久喜氏は、久竹氏を父に持つ2代目。大学卒業後は商社に就職し、鉄鋼関係の取引に従事していた。不景気で三美工業の業績が悪化する中、父から「経営を立て直してほしい」と請われ1987年に父の会社に入る。52歳だった。
大学では経営学を専攻したものの、経営や機械製造業の専門的なことは分からない。生産管理や資材調達、経理、営業など業務全体の勉強のため、社長室長や副社長を経験した後、社長に就任。赤字を解消し、経営を軌道に乗せることに成功するが「前の会社の退職金をつぎ込んだ」と苦労の一端をのぞかせる。
■オーダーメードと一貫生産、海外67カ国で評価
事業はさらに拡大する。塗料、インキ、薬品、食品、水あめ、てんぷら油、サラダ油、酢、しょうゆ、ソース‥‥粘度から低粘度まで、あらゆる液体を缶や瓶などの容器に詰める自動充填機の製造に成功する。
副社長の井出大史氏は「詰められない液体はない」と自信を見せる一方、「最近は詰め替え用などのラミネート容器が多く、充填するのが難しい」と話す。缶や瓶と違い、容器の材質が軟らかいため、ラベルを貼ったり充填してキャップを付けたりするには技術が必要となる。
こうした難しい技術の製品化に欠かせないのが一貫生産だ。顧客企業によって詰める液体の質や量が違い、オーダーメードで製品を作る。顧客の要望を聞き、受注して設計から製造するまでの間に、部品の調達、加工、切削、溶接、組み立てなどさまざまな工程を経る。それをひとつの工場内で一貫して行うことで、修正、工夫に対応できる。
久喜氏が社長就任後の1995年に社名を「三美テックス」に変更、2年後に本社工場を現在の大田区下丸子に移転する。単なる製造業ではなく、テクノロジーを扱うことをアピールし、海外にも通用するようテックスという名前にした。
「もともと海外に進出しようと思っていた」と田丸社長。中国や台湾、タイなどアジアを皮切りに営業をかける。「成長途上のアジア諸国は、日本がたどってきた道に似ている」と話す。電力分野での電気絶縁油浄化装置、家電分野の冷媒関連機器といった国内でも評価された機器は海外でも受け入れられた。
アジアでは韓国、マレーシア、フィリピン、パキスタン、インドネシア、インド、ベトナム、タイ、ラオスなど18カ国・地域。さらに北米・欧州・中近東と海外納入実績は増え、2022年7月時点で67カ国・地域に。今では売り上げ比率は国内6、海外4にまで広がった。
■外国人の積極採用、中国人社員も役員に
三美テックスが異色と言える理由の1つは「海外でも代理店は通さず、直接営業に出向く」(田丸社長)こと。その陰にあるのは外国人社員の採用だ。アジア系を中心に留学で日本に来た外国人を積極採用。中国、台湾、韓国などからの留学生を採用し、語学を生かして現地を直接訪問し、営業するスタイルを築く。
田丸社長は「最初は代理店を通していたが必要なくなった」とメリットを強調。現在は中国と台湾からの留学生15人が働く。「うち8人が大学院を修了した高学歴者で、全員が正社員。日本人と同じ待遇だ」(同田丸社長)という。
外国人採用の第1号として1993年に入社した高本楊子さんは中国出身。最初は資材部に配属され翻訳などの仕事が中心だったが、扱う製品を勉強して技術社員と海外に同行するなど業務の幅を広げていった。今では常務取締役として経営会議にも出席している。
高本さんは「入社後、外国人だからいろいろあったが、アットホームな社内環境で乗り越えることができた。海外の展示会に同行し、成約したときの達成感などやりがいがあった」と振り返る。
こうした人材育成への取り組みが評価され、三美テックスは2016年、公益財団法人・大田区産業振興協会の工場認定制度「優工場」の「人に優しい部門賞(グルーバル人材育成)」を受賞。
田丸社長は「外国人だけでなく、会社に掲げた『優工場』のロゴマークを見た近隣の日本人学生も入社している」と効果を語る。20年には実務指導者と若手技術者による技術継承の取り組みを評価され「大田の工匠 技術・技能継承」(溶接技術)を受賞した。
最近、三美テックスに新たな注文が寄せられた。二酸化炭素(CO2)回収装置の製作だ。地球温暖化の防止に向けて企業活動にも脱炭素が求められる中、ある企業から「三美テックスの技術でCO2回収装置を作れないか」と持ちかけられた。
発電時のCO2を回収して別の用途に再利用する機器で「これまでの技術で対応できる」と田丸社長は自信を見せる。装置が大きくなるので現工場ではスペース確保の課題があるというが、次世代に向けた新規事業になりそうだ。
■天地人」で100年企業へ
三美テックスの「三美」とは、孟子の言葉「天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず」に由来するという。同社は「天地人」、つまり「どんなに天の時(タイミング・景気・運命)がよくても、地の利(環境・場所・立地条件)にはかなわない。どんなに地の利がよくても、人の和にはかなわない」とする考え方を大事にし、同社の理念をまとめた「創業のこころ」にも記している。
田丸社長は大田区で操業をするメリット(地の利)について「周辺に製造業が多く、外注先が近くにある。さらに国際化した羽田空港に近いことも大きい」と話す。「創業のこころ」では「天にも地にも恵まれなくとも『人の和』さえあれば悲観することもないし、諦めることもない」と記されている。
「人の和」を大切にする三美テックス。20年に創立70周年には記念式典を催した。「100年企業にしたい」と意気込む田丸社長は現在87歳。「100周年の時には自分はいないけど」と笑うが、3代目は次男が継ぐことが決まっている。現在、別の会社で働く次男は50歳。田丸社長が初代の後継として入社した年齢にも近づき、近々入社する予定だ。
大田区が実施した「ものづくり産業等実態調査」(20年)によると、区内にある事業所で三美テックスより古い1949(昭和24)年以前に創業した企業は9.8%。約10社に1社しかない。中小企業の課題として事業承継の難しさが指摘されているが、既に3代目も決まっている。創業100年を迎えるのは2050年。三美テックスの事業の輪はさらに広がっているだろう。
株式会社 三美テックス
本社所在地:東京都大田区下丸子2―14―3
創業:1950年12月
従業員:60人
事業内容:絶縁油・冷凍機油用各真空浄油機、絶縁ガス処理装置、冷媒封入装置、油中ガス分析装置、充填機関連、自動充填機などを設計・製作し、大手電機、冷凍機、食品、化学品、電線など各メーカーへ納入
http://www.sanmi.co.jp/
(22年7月取材)
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