2023年5月26日=1,510
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算
がん発病前は、他人様より多く・速く食べられるのがプチ自慢やった。参加したセミナーの昼休みに出される弁当は、まあ5分ほどで完食していた。
また会食となれば、人一倍、いや二倍、三倍と食べて大満足。食べ放題やバイキング形式は大歓迎。量も種類も多く、食べたいだけ食べ続ける。こんな生活を幾年も送ってきた結果、いつの頃からか体重は3ケタを超えていた…。
▽コーヒースプーン1杯
そして運命のがん生活が幕を開けたのが、2018年6月4日。以来、体重は40キロ以上も激減した。原因は抗がん剤の副作用、ならびに胃がなくなったことによる後遺症だ。とにかく食べられない。18年暮れまでは1回あたりの量がコーヒースプーン1杯。回数多く食べるようにと言われたけれど、そんなん全然ムリやった。おなかから喉まで突き上がってくる消化液逆流も苦しい。
でも19年に入ると、1回あたりに食べられる量も少しずつ増した。一番の治療は「日にち薬」とはよく言うたものだ。いま体重は70キロほど。もうこれ以上は増えなそうだ。
ただし今でもこの体重、70キロを基準にして抗がん剤の影響をもろに受けて短期間に上下している。
私の抗がん剤の標準治療は4週間治療+2週間休薬で1セットやけれど、自分は副作用が強く出るため、それは無理だ。いま治療は4週間治療+3週間休薬セットを繰り返すことに落ち着いてきた。そして同じように食べているにもかかわらず、治療が再開されるとすぐに体重は減り始め、1~2週間で必ず3キロほど減少。それからは横ばいとなり、休薬中にだんだんと戻る。
▽リアルな食事情
ここでいよいよ現在のリアルな食事情。1回の食事量は、いわゆる定食の類いで1人前は絶対に不可能です。1/2~1/3量が精いっぱい。これを3時間ほどで繰り返すことになる。だから朝食・昼食・夕食という概念は完全に消滅している。まあ計算上は6~9時間かけて1人前かな。手術後5年ほど生きてきて、ホントに食べられるようになった。ありがたいことや。
ただしやっぱり外食で残すのは嫌なので、できるならばハーフサイズや小盛りを注文する。そんなわけで餃子の王将・吉野屋・CoCo壱番屋が、行きつけの店だ。
▽ついに
しかし最近ではなんと、定食1人前を大胆にも注文する機会も少しだけ増え始めた。決して挑戦しているわけではなく、単に食べたい中身が定食になっている場合に、おじけずオーダーするようになった形だ。残すことも全くいとわずに。料理に関わるみんな、ごめんなさい。「平気で残せるようになりました」
そんな場合、専属秘書(編注:妻のあかねさん)同伴であれば、都合がいい。定食1品と単品1食を注文して、ふたりで好きなものを好きなだけ食べる勝手バイキングをやれるから。
ところでユーチューブライブ配信、やっぱり続けています。チャンネル名「足し算命・大橋洋平の間」。配信日時は不定期なためご視聴しづらいとは察しますが、どこかでお気づきの際にはお付き合いくださいな。さらにかないますならばご登録も。応援のほど、よろしくお願い申し上げまぁす。
(発信中、フェイスブックおよびYouTubeチャンネル「足し算命・大橋洋平の間」)
おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、2020年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)、2021年10月「緩和ケア医 がんと生きる40の言葉」(双葉社)、2022年11月「緩和ケア医 がんを生きる31の奇跡」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。
このコーナーではがん闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。