第2次大戦で崩壊した戦後ベルリンの廃墟をさまよう少年の暗い運命を描いたロベルト・ロッセリーニ監督の映画『ドイツ零年』(1948年)。主人公エドムント少年の悲しげな瞳と敗戦間もないロケ地ベルリンの生々しい戦争の傷跡をフィルムに刻んだ傑作だ。
そんな荒廃した戦後ドイツに、平和な世界を目指し、子どもたちの瞳に明るい希望の光をともした女性がいた。「子どもの本は世界の架け橋」と唱えたドイツ生まれの女性ジャーナリスト・作家のイエラ・レップマン(1891~1970年)だ。ナチス政権下はイギリスに逃れ、戦後帰国したドイツで1949年、ミュンヘンに国際児童図書館を開設。「子どもの本で国際理解を」という国際平和に向けた力強いレップマンの呼びかけは53年、現在80余りの国・地域支部が加盟する国際組織「国際児童図書評議会」(本部スイス、略称IBBY)の誕生につながった。
そのIBBY(イビ)の日本支部「日本国際児童図書評議会」(東京都千代田区、略称JBBY)がこのほど、平和の大切さを考えさせる優れた子どもの本を顕彰する「第1回JBBY子どもの本・平和賞」を創設した。
この賞の創設を提案するとともに賞運営の財政的な協力も申し出た、元JBBY理事で児童図書出版の老舗岩崎書店の社長を長年務めた岩崎弘明さん(86)は「遠くなった僕の耳に昨今聞こえてくるのは、(為政者らの)“戦争準備の足音”です。再び軍国少年少女をつくってはならないという思いを僕は、戦争に反対して投獄された岩崎書店創業者の父から受け継いでいます。平和を希求すべき出版人の一人として、いまこの平和賞の創設が必要と考えました。いま本当に平和を叫ばなくてはならない時がきています」と話す。
JBBYが東京都千代田区の出版クラブホールで開いた9月18日の記者会見に、JBBYの宇野和美会長と共に登壇した岩崎さんは、父岩崎徹太氏(1905〜1980年)の足跡に触れ「父は人道的社会主義者で、勇気と優しさを持ち、息子たちをいつも応援してくれる人でした。一方国民を苦しめる戦争となると、己の身をていして反対しました。そのため8カ月投獄(治安維持法違反容疑で三田署に拘留)されています。当時は(治安維持法違反容疑で)投獄されると、作家小林多喜二氏(1903~33年、築地署で虐殺)の例もあるように、多くの人が竹刀・木刀で殴られるなどの拷問、虐待などで死んでいます。そういう例を父は知っていましたが、捕まえに来た時はあえて出頭しました。戦争に反対し平和を訴えなければならないと常に考えていた男でした」と振り返った。
その上で「そんな父を思い起こして何か平和運動をしなくてはいけないと思い、今回この平和賞を提案しました。この賞は日本だけでなく、アジアや世界に平和を呼びかけるものにしたいと考え、国際的な組織の支部であるJBBYに創設をお願いしました。この平和賞が一つの発端、核となって、児童書出版業界でも平和運動が生まれ、将来も子どもたちが戦場、戦地に送られない社会にしたい。(このまま何もしないでいると)これは考えすぎかもしれませんが、いずれ変な愛国心を植え付けるために若者を2年間拘束するような“徴兵制度”が始まるのではないか、と僕はいま恐れています」と話した。

記者会見であいさつしたJBBYの宇野和美会長は「昨年(2025年)の夏ごろ、岩崎弘明さまから“平和をテーマにした子どもの本を表彰する賞を創設したい”とご提案をいただきました。IBBYの設立時からイエラ・レップマンの理念と響き合うJBBYにとって大変意義深い賞と認識し、JBBY理事の満場一致で創設を決定しました。“いまこそ子どもの本で平和を”という思いを込めて実施します」と述べた。
また1986年8月にIBBY世界大会が東京で開かれて以来、IBBYの国際大会としては41年ぶりの国内開催となる「2027IBBYアジアパシフィック地域大会」を2027年7月10~11日、東京都板橋区内の区立文化会館とグリーンホールで開くと発表した。
このアジアパシフィック地域大会について、宇野会長は「大会テーマは“本でつながるとなりの国々”です。国を超えて人々の声を聞き、他国の多様な文化や暮らし、歴史に触れ、違いを認め合い、尊重し合う機会にしたいという願いを込めています」と説明。
この地域大会を日本で開催する背景については「昨今の世界や日本の情勢もあります。2022年2月にロシアのウクライナ侵攻、23年10月にパレスチナ・ガザ地区でイスラエルとパレスチナ武装組織との戦争が始まりました。どちらも現在未解決でIBBYの活動にも影響がありました。IBBYの面々は国と国が対立しても、私たちは子どもの本を通じてつながっていこう、イエラ・レップマンの理念を通していこう、と確認しました。子どもの本は、人類の進歩や相互理解を阻む異国間偏見や人種差別意識を取り除く強力な武器です。日本や世界で対立や分断、ヘイト、自国第一主義が広がり、国際政治でお金や力による支配がまかり通る中、JBBYは今こそイエラ・レップマンの理念に立ち返り“子どもの本で平和を”を国内外に訴え、地域大会を“子どもの本の平和の祭典”にしていきたいと考えました」と語った。

併せて宇野会長はイエラ・レップマンが語った「子どもの本を通じての国際理解は決してユートピアではありません。静かなリアリティーです」という言葉も紹介。
「“子どもの本で平和を”と言うと、“そんな甘いことを言って子どもの本に何ができるのか”と言われがちですが、イエラ・レップマンは“そんなことはない”と語っており、私たちも“そうではない”という声を上げたい。子どもの本には対立も分断もありません。この地域大会と平和賞は平和を考える良い機会になると思います」と話した。
今回の平和賞創設の意義を説明した、JBBY監事で同賞の選考委員も兼ねる絵本研究者の竹迫祐子さん(いわさきちひろ記念事業団理事)は「日本では初めての子どもの本の平和賞になります。いま世界に戦火が広がり日本も再び戦争への道を歩み始めているのではないかという危惧が高まるこの時代に、真正面から平和を冠した子どもの本の賞を創設することは、私たちJBBYにとってあらためて背筋が伸びる思いがします」と賞の今日的価値を強調し、「この平和賞の目的は明確です。子どもたち一人一人が平和の大切さを考え平和な未来を共に築いていくこと、それにつながる本を顕彰することです」と話した。
日本の子ども、若者を取り巻く環境についても言及し「日本はG7(先進7カ国)の中では唯一、若者の死因の1位が自殺という国です。10%近い子どもたちが貧困に苦しみ、いじめに遭う子どもも多い。日本の子どもの精神的幸福度は36カ国中32位(ユニセフ・イノチェンティ研究所調査)でとても低い」と指摘。
「こうした現実の中でこの平和賞は、一人一人の子どもたちが多様な側面から平和の大切さ、平和とは何かを考え、何よりこの世界は生きるにふさわしいと感じて、共に平和な未来を築いていくことにつながる、そんな優れた本を顕彰していきたい」と述べた。

また「子どもの本イコール平和というイメージを皆さんお持ちかもしれませんが、私たちの国はかつて戦意高揚や軍国主義を礼賛するような物語で子どもたちを戦場に向かわせた経験、歴史を持っています。だからこそ、そんな経験、歴史を繰り返さないために平和ということを子どもの本を通して私たち一人一人がもう一度真剣に考える必要があることを、この平和賞で発信していきたい」と話した。
さらに平和の本質も考察。「戦争や武力衝突のない状態だけが平和を意味するのではなく、平和とは日々の暮らしの中で差別や貧困、人権侵害などがない状態を何よりも意味すると思います。だから戦意を高揚したり軍国主義・暴力を正当化したりするような“文化の土壌”を持たないことも平和につながります」と平和を育む文化土壌を維持する大切さを語った。

「第1回JBBY子どもの本・平和賞」の対象は2024年7月~26年6月に日本で出版された本。27年4月に同賞受賞作品の発表を予定している。受賞者には盾と副賞50万円を贈る。選考委員は奥山恵さん(評論家、児童書書店経営)▽さくまゆみこさん(翻訳家)▽竹迫祐子さん(絵本研究者)▽那須田淳さん(作家)▽野上暁さん(評論家)―の5人。
児童書出版の関係者だけでなく、誰でも、平和を考えさせる受賞に値すると考える優れた本を、受賞候補作品として推薦できる。推薦の締め切り日は11月30日。推薦はJBBYホームページの2次元コードから。
![b.[ビードット]](https://d26qpuj9rvgv8w.cloudfront.net/wp-content/uploads/2018/04/Logo-5.png)
