四半世紀も前のことになるが、ジョージ・W・ブッシュ氏が米大統領選に名乗りを上げたとき、一部マスコミから「カネで卒論を書いてもらったお坊ちゃま」と批判された。その真偽は分からないが、大統領在任中、「とても賢くは見えなかった」(米シンクタンク研究員)ようだ。それでも2期8年を立派に務め上げたし、「少なくとも今よりもマシだった」と思うアメリカ人は多い。
行為が正当化されるわけではないが、ブッシュ氏がイエール大学に在籍していた1960年代や70年代ならば、“もぐりの代筆業者”に卒論執筆を頼むことはあったかもしれない。いや、インターネットが普及してからも、時折そうした話は聞かれた。しかし、今や生成AI(人工知能)の時代だ。AIは人間よりも遥かに速いスピードで学習しながら、着実に進歩・成長している。今、ブッシュ氏が学生ならば、卒論の書き手はAIになるだろう。
ChatGPTをはじめとする対話型AIサービスは確かに便利だ。物事を調べるためのツールとしてだけでなく、“相談相手”として重宝し、助言をもらったり、相づちを打ってもらったりしている人も少なくない。彼ら彼女らにとってAIはもはや生活の一部、いや大部分なのだろう。学生が提出するレポートも、多かれ少なかれAIが駆使されているが、持ち込み不可の筆記試験では馬脚を現す。
国会議員がこうした最先端の技術を使っても、何ら問題はない。国会と地元を駆け回り、多忙を極めるのだから、秘書のみならず、むしろAIを利活用してもいいはずだ。かなり以前、自民党の会合で某年配議員が資料を見て、「ヤッホーって何か?」と真顔で尋ね、役所の担当者が笑いをこらえながら「せ、先生、それはヤフーです…」と答えるやり取りがあったが、そうした時代に比べると、今の国会議員の多くはICT(情報通信技術)に十分精通している。
しかし、中にはAIへの依存度が高すぎる議員もいる。政策の調査や報告書の手助けのみならず、まさにおんぶに抱っこで、あいさつ文や質問原稿まで、まるまるAIに作成してもらっている者さえいる。確かにAIは「秘書より優秀な場合がある」(自民中堅)かもしれないが、“スマホ中毒”に加え、“AI依存症”が多く見られる永田町の光景は、しばらく前とは大きく異なる。
ベテラン議員の一人は、「自分が使いこなせないから言うわけではないが、スマホばかり見て、AIに頼り切っている議員が多すぎる。これではAIが議員で、議員が秘書のようなものだ。いずれ議員がいらなくなるのではないか」と嘆く。若手議員の一人も「一度AIを使い始めたら、もうやめられない」と率直に認める。だが、問題なのはAIを使っていることではなく、使いすぎること、そして依存しすぎることだ。
ニューヨーク市では、子どもたちの思考の劣化を食い止めるため、今月から公立学校でAIの利用が原則禁止になったという。マムダ市長は「教師や人とのつがなりが必要だ」と力説する。「制限」ではなく「禁止」まで踏み込んだのは、“適度”を定めることが難しいからだろう。当面、1年かけて、AIが子どもたちの学習や成長にどのような影響を与えているのかが検証される。
国会のさまざまな活動でAIが役に立っていることは間違いない。だが、それに伴い、議員の思考のみならず、最も重要な“発言力”や“説得力”といった「言語力」が劣化してきていることも否めない。原稿を見ずに、人の琴線に触れるような演説ができる議員はどのくらいいるのか。自分の言葉で国政の課題や国の未来を語れる議員はどのくらいいるのか。かつて「唄を忘れたかなりや」という童謡があったが、過度にAIに依存する結果、永田町には「言葉を忘れた政治家」たちが増えつつある。
童謡では、象牙の船に銀の櫂(かい)を添え、月夜の海に浮かべれば、カナリアは忘れた歌を思い出す。だが、国会議員に必要なのは、そうした美しい風情などではない。日本ではあまり活用されていないが、国会でも選挙でも、やはり“筋書きのない討論(ディベート)”こそが、政治家の「言語力」を維持・発展させるのではないか。少なくともそこさえ機能していれば、生成AIに政治活動の主役を取って代わられることはないはずだ。
秋の臨時国会では衆院の議員定数削減が焦点になるが、AIに負けないための政治改革にも真剣に取り組むべきではないか。AIの方が、頭がいいのだから。
【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。
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