米大リーグ、ドジャースによる通訳・水原一平氏の突然の解雇には、誰もが驚いた。違法なブックメーカーに賭け、大谷翔平選手の資金を盗んだとも言われているが、真相はまだ不明である。にもかかわらず、球団はためらうことなく、一刀両断の処分を下した。それも、韓国での開幕戦の真っ最中にだ。日本の球団ならば、せめて帰国まで待っただろう。
時代も状況も全く異なるが、73年前のトルーマン米大統領(当時)によるマッカーサー元帥の解任も突然であった。文民統制を大きく逸脱したためだとされるが、大統領の記者会見は真夜中に行われ、当のマッカーサー本人にも事前に知らされていなかったという。マッカーサーは解任発表からわずか5日後に帰国の途に就いた。
帰国直後、マッカーサーは上下両院合同会議で「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の有名な演説を行ったのだが、国賓待遇で訪米中の岸田文雄首相は、まさにその同じ場所で、そしてマッカーサーが解任された同じ4月11日(現地時間)に議会演説を行う予定になっている。全くの偶然だろうが、運命のいたずらにならないとも限らない。
それらに比べ、この留飲、この消化不良感は何なのか。自民党は4日、政治資金パーティーの裏金問題で39人の処分を発表したが、これで解決したと思う国民は皆無に等しい。そもそも真相が究明されないまま、一部の議員のみが離党勧告や党員資格停止の処分を科されただけだ。自民党内からでさえ、「国民をなめているのか、国民感覚が分からないのか、あるいはその両方か」(若手)といったため息が漏れる。
秦野章・元法相が「政治家に徳目を求めるのは、八百屋で魚をくれと言うに等しい」との“迷言”を残したように、政治家に倫理感や自浄作用を期待するのは無理なのかもしれない。だが、昔は家来の命乞いをし、助命と引き換えに切腹した武将もいた。「知らない」「秘書がやった」といった、自分を守るための詭弁(きべん)ではなく、せめて「全て私の責任だ」と本当の“親分らしさ”を見せて辞職する大物議員でもいれば、政治への信頼はここまで失墜しなかっただろう。
今回の処分が決定されるまで自民党内ですったもんだがあったというが、最高責任者は茂木敏充幹事長でもなければ、森山裕総務会長でもなく、総裁たる岸田首相にほかならない。「火の玉になって取り組む」と豪語した岸田首相をわずかながらも支持した国民もいる。しかし、「国民世論と党内世論の二兎(にと)を追った結果、このような中途半端な処分になった」(自民・中堅)。
岸田首相の念頭にあるのは、秋の総裁再選だという。そのためには内閣支持率の回復に加え、自民党内の敵を一人でも減らしておくことが必要とされる。「もしも粛清を徹底すれば、支持率は若干回復するかもしれないが、党内に『岸田包囲網』が張られることを恐れた」(閣僚経験者)との見方もある。だが、今のところ、いずれからも合格点をもらえないどころか、ブーイングが鳴りやまない。
岸田首相の性格だという指摘もある。優しさや気遣いと言えば聞こえはいいが、八方美人や優柔不断に映ることもある。あちらもこちらも立てることは政治の世界では至難の業だが、岸田首相は性格的にそれを試みているようだ。少なくとも郵政民営化に際しての小泉純一郎首相(当時)のような冷酷さは持ち合わせていない。
岸田首相の血液型はAB型だ。諸説あるが、AB型の人は頭で考え過ぎてしまったり、過度に気遣いしたりする結果、重要な決断が鈍ってしまうことがあるという。戦後の首相では、宮沢喜一、橋本龍太郎の両氏がAB型だった。宮沢氏は政治改革に逡巡し、また橋本氏は財政改革と経済再生の間で揺れ、いずれも国政選挙で大敗を喫して退陣した。
岸田首相の“決断”が吉と出るか凶と出るか、さらには思い描く方向に進めるかどうかは、大型連休前にはうっすら見えてくるはずだ。
【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。