心情の揺れや人間関係の機微を繊細かつ的確な言葉で表し、深い感動と温かな余韻を読者に届ける作家、朝倉かすみ。『田村はまだか』や『平場の月』『よむよむかたる』などは、私たちの隣にいそうな人々に起こるささやかな出来事を描き、人生は生きるに値すると思わせてくれた。
そんな作風が、新作でぐわんと大きく変化を遂げた。初めての時代小説『けんぐゎい』は、独特の熱を発しながら怒濤の展開を遂げる迫力のエンターテインメント。舞台は江戸だが、作品の核には現代的なテーマが据えられている。
主人公は、六つの時に重い疱瘡にかかり痘痕だらけの顔と体になってしまったふゆ。「ぶつぶつ」のせいでいじめられたり気の毒がられたりして育ったことで、常に引け目を感じ、目立たないように生きてきた。でも利発な子だったので、10歳で「読み書きそろばん」を学ぶ手習い所に通い始める。師匠の重右衛門は、ふゆを「顔は猛烈、頭は抜群」と評し、彼女の中に「尋常ならざるもの」が棲んでいると感じ取る。
重右衛門の手伝いをするようになるふゆ。重右衛門が跡取りにするために養子にした宗三郎に思いを寄せるが、とんでもなく歪んだ性癖を持つ男だった。宗三郎はふゆを凌辱して言う。「おまえは圏外。(略)一生、外側にいるしかないんだ」。小説のタイトル「けんぐゎい」は「圏外」のことなのだ。
ふゆは懐妊し、今でいう産婦人科医のおこまさまと出会う。「現人神」と崇められている彼女の技術を10年かけて修得し「圏外の女たち」が集う〝夢の国〟をつくる―。
おこまさまからふゆに伝授された最も大事な精神は「いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、女は産まされてはならぬし、産めないことがあってはならぬ」ということ。現代の言葉でいえばセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)、つまり「性と生殖に関する健康と権利」を女性自身の手に戻そうという試みであろう。
いつの時代も、妊娠や出産、中絶や流産は女性にとって命がけの一大事であり、恐れや迷い、悩みは深い。「私の体は私のもの」という理念が現代でも浸透・達成していない。
本書は舞台を江戸期に置くからこそ、SRHRのための闘いの困難と尊さが際立ち、社会の枠組みを揺さぶる女たちの挑戦が小気味よく、爽快に映る。そして、自分を肯定することの大切さが伝わってくる。
作風は変わったが、軽妙で勢いのある筆致はそのまま。そして「人生は生きるに値する」というメッセージもやっぱり、ちゃんと届いた。
(共同通信編集委員 田村文)
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.20からの転載】
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