全国の企業数、約337万5000社のうち、中小企業の割合はどれくらいか知っていますか。実に99%強が中小企業だ。そこで働く従業員数も全体の約70%弱と、日本の経済を支え、将来の成長のカギを握っていると言っても過言ではない。
一方で、少子高齢化が急速に進む日本で、生産年齢人口の減少が避けられず、多くの企業が人手不足に直面し、事業の継続性すら維持できなくなる問題も出ている。
そのような中、名古屋商工会議所は東海3県(愛知県、岐阜県、三重県)の中小企業を対象に、DXなどを通じた生産性向上に先行して取り組む企業を顕彰する2024年度「NAGOYA DX・生産性向上アワード」を初めて実施した。
2月中旬に同会議所内で表彰式を開催、最高賞のグランプリには日本酒製造・販売、飲食店経営を手掛ける「舩坂酒造店」(ふなさかしゅぞうてん、岐阜県高山市)が輝いた。このほか、審査員特別賞2社、優秀賞3社が選ばれた。
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▽「必ず生き残るんだ」との強い思い
この日の式典には、受賞企業6社の代表者、関係者ら約120人が出席。冒頭、嶋尾正会頭(大同特殊鋼相談役)は「選出された6社は、まさに生産性向上の先駆的なモデルであり、他の企業の大きな指針となるものです」とした上で「今後、地域のリーディングカンパニーとして、業界の枠を超えたイノベーションのけん引役となっていただくことを期待しています」とあいさつした。
今回の「NAGOYA DX・生産性向上アワード」に応募した企業は「当初の予想を大きく上回る」(同会議所)76社に上り、1次選考、2次選考を重ね、今年1月に受賞企業6社を決定した。
グランプリとなった舩坂酒造店のほか、審査員特別賞に金属加工のテルミック(愛知県刈谷市)、清掃・施設管理業のリウシス(名古屋市)、優秀賞に刃物製造卸の大野ナイフ製作所(岐阜県関市)、メガネ関連用品の企画、販売の名古屋眼鏡(名古屋市)、金属プレス加工、金型設計・製造の樋口製作所(岐阜県各務原市)がそれぞれ決まった。
舩坂酒造店は、岐阜県高山市の約200年の歴史を持つ老舗の蔵元だ。ここ数年のインバウンド(訪日観光客)の増加前は、日本酒の魅力を知ってもらおうと、無料で試飲をしていたものの、増加後は「試飲が増えるばかりの状態」だったという。
同社の有巣弘城・代表取締役社長は「海外の方に日本酒の魅力を知っていただきたいとは思いますが、一方で、売り上げは上がらず、お客さまの対応時間も増えていっていました。さらに、リピーターの方の満足度も低下していたことも分かり、打開策を考え続けました」と振り返る。
そこで、これまで無料だった試飲を「有料化」することを決断した。ただ、単に試飲有料化だけではなく、「お客さまの満足と、経営の効率化の両立ができるように、お店の中にお酒のゲームセンターのようなものを作りました」という。具体的には、店内の一角に「のんべぇー横丁」と銘打って、街なかのゲームセンターで見かける「コイン」を来店客に買ってもらい、並べてあるお酒から飲んでみたいものを選び、コインを投入すると、自動でおちょこに注がれるという仕組みだ。これにより、「接客をしないで、1杯から気軽に試飲できるコーナーを確立しました」(有巣社長)。
その結果、「この仕組みを取り入れたことで、従来と比べ2000万円の黒字が見込めます」と説明した。
グランプリを受賞した有巣社長は「コロナ禍もあり、売り上げが厳しい中、これからどうやって再生しようかとスタッフのみんなと話し合ってきました。生産性を高めて必ず生き残るんだ、という強い思いで取り組んだ結果が、このような賞に実を結んだと考えています」と喜びを語った。
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▽ダブルで改善と評価
「NAGOYA DX・生産性向上アワード」の選考委員長を務めた名古屋大学大学院経済学研究科の犬塚篤教授は、審査委員会が最も重視したのは「実際に生産性が向上しているのかどうかという点です。生産性のあり方には、機械化、ペーパーレス化などの推進により、人件費削減を狙う『守りの生産性向上』があり、一方で、顧客の付加価値の増大を目指す活動である『攻めの生産性向上』に大きく分けることができます」と指摘した。
その上で犬塚教授は「『守り』と『攻め』の生産性向上は、一般的に同時に達成することが難しく、二律背反の関係にあるといわれています。しかし、グランプリを受賞された舩坂酒造店さんは、この相反する問題を、少ないコストで最も上手に解決された」と述べ、同社の労働時間の削減と売り上げの向上をダブルで改善できたと評価した。
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▽学校でも活用広がる
審査員特別賞を獲得したリウシスは、施設管理、メンテナンスのアプリ「HOTEKAN」(ホテカン)を開発した。苅谷治輝代表取締役は、自社で保有しているホテルで直面していた課題を解決したい、と考えて開発したという。
苅谷氏は「ホテル内は、毎日1件ぐらい、なんらかの故障や不具合が起きていますが、その故障を清掃スタッフが発見し、ホテル、修繕業者まで伝えるのは電話や口頭が多かった。そのため、現場調査が必要になるなど、修繕の完了まで時間がかかっていました。しかも、ほとんどの修繕履歴はデータとして残らないという課題もありました」と、アプリ開発の背景を説明した。
そこで、高齢の清掃スタッフも使いやすいように、「誰でも簡単に扱えるアプリを目指した」と強調。アプリを搭載したスマートフォンで、故障箇所を撮影すると、ホテル支配人、同僚スタッフ、故障の内容により工務店関係者、施設整備関係者に情報が届くようになっているという。設備のみを対象にした場合、サーバー利用料、サポートサービス料などを含め月3万円。
苅谷氏は「修繕管理や備品管理をスマホで行うことで、施設運営のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を手軽に実現することができます」と強調する。「うちのホテル以外にも、このアプリを使っていただいているホテルがいくつもあります。実際、施設の管理面でいえば、ホテルだけではなく、学校などでも困っておられます。現在、愛媛県のある町の小中学校で、このアプリを活用していただいており、できれば県全体で使っていただこうと思います」と、このアプリが、人口減に伴う人手不足に直面する地方で、幅広く採用される可能性を示した。
審査委員の1人である、豊田通商のIT戦略部・小林房一郎部長はリウシスの取り組みについて「清掃業務のDXを推進され、業務の効率化を実現されただけではなく、このアプリを外販することにより、全国で150以上の施設に導入され、業界全体の生産性向上に寄与されたという点を高く評価した」とコメントした。
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表彰式の翌日には、名古屋商工会議所は同会議所内で「2025NAGOYA DX・生産性向上ワールド」を開いた。「効率化を図る知恵と工夫が今ここに!」を訴求し、約20社による生産性向上の取り組み紹介や、DXの現状と今後の展望などを考える講演、セミナーを実施した。
審査員特別賞のリウシス、優秀賞の大野ナイフ製作所、樋口製作所のグループ会社「樋口デジタルソリューションズ」などもブースを出展した。