宜蘭から台北へは、全長約13キロの雪山トンネルがある高速道路を使った。このトンネルは、14年の歳月をかけて建設され2006年に開通。それまで2時間以上かかっていた台北-宜蘭の所要時間を40分ほどに縮めた。その便利さにあやかろうということもあったが、宜蘭側の高速道路の入り口付近が養鶏の盛んな地区であることも重大な理由だった。道路沿いに並ぶ立派な門のある鶏料理店に立ち寄った。
メインの鶏の丸焼きは、お店に切り分けてもらうこともできるし、そのまま持ってきてもらって自分でさばくこともできる。隣の円卓を見ると、一家のお母さんらしき女性が軍手をはめてバキバキとやっている。「ここは一つ、旅の記念に」とも考えたが、「勝負は味だ」と思い直し、お店にお願いした。茶色くこげた皮と、白い肉が織りなすハーモニー。これまでこの種の料理では、北京ダックのような鴨(かも)が最高だと思っていたが、認識を改めた。かつてイベリコ豚で有名なスペインで「本当においしい豚のステーキは、最上級の牛をしのぐ」という食通の言葉を聞いたことを思い出した。鶏と鴨にも同じ関係が成立するようだ。
旅の最終日は、チャイナエアラインの帰国便が午後だったため、台北市内の「双連朝市」を見学した。通りの両側にひしめくように並ぶ店。食品から衣類、日用品まであらゆる商品が売られ、にぎやかで騒がしい。台湾にもスーパーはあるのだが、こういう市場での買い物を好む人が多いという。肉まんを売っていた女性は「ここでは量り売りで必要な分だけ買えるし、雰囲気も楽しいでしょ」と話した。中国をはじめアジアの国々ではどこにいってもこういう市場があるが、なぜか日本にはあまりない。この点では、台湾はよりアジア的で日本とは違う。
一線を画するといえば、各地で訪れた夜市や、道教寺院もそうだ。夜市には、景品がもらえる射的や輪投げといった子ども向けの店もあり、日本の縁日のようでもあるが、一年を通してほぼ毎日開かれ、朝市のように日用品なども買うことができるところは違う。道教寺院は、壁などが赤や緑の極彩色で、柱が龍で、屋根の端がちょっと反り返っている純然たる中華趣味の建築だ。中に入るとお願い事をする際の香煙が漂い、夜は無数の提灯(ちょうちん)がこうこうと照る。夜市も道教寺院も、日が落ちて暗くなったところに、そこだけ浮き上がっているような「光の世界」が出現し、人々が吸い寄せられている。こうした日本にはないアジア情緒の中に身を置くのも旅の楽しみの一つではあるだろう。
台北の双連朝市の通りにも、道教寺院があった。ちなみに、道教の場合は、日本の感覚だと寺というより神社といった方が近い。ここも「文昌宮」という名前で、聞けば学問の神様が祭られているという。その中華建築に一歩足を踏み入れたところ、あるものが目に飛び込んできて動けなくなった。それは柱につるされた無数の絵馬だ。願い事を絵馬に書いてお宮さんに奉納する。これは紛れもなく日本の風習で、日本統治時代に伝わったものが今でも残っているものに間違いなかった。一枚を手に取ってみると「祈願」とある横に「中山医学系」(中山大学医学部)「台大獣医系」(台湾大学獣医学部)と大書され、下に名前があった。
受験勉強にいそしみ、合格祈願のためにお宮さんに行って絵馬を掛ける――。こんな青春風景があるのは世界広しといえども日本と台湾だけだ。帰国の日に、日本と台湾の違いについてぼんやり考えていたところで、不意に新たな日台の絆の証しを見つけたようでほっとした気持ちになった。手に取った絵馬をもう一度よく見ると、ちょっと太めの弾んだ文字で「正取!!」(合格)と書き加えられている。「ああ、良かった」。なんだか、親戚の子が受験に成功したという知らせを聞いたような喜びが胸に湧いた。 (おわり)