渋谷の丘に建つ地上21階の大規模オフィスビル
“働き方改革元年”とも言われる2019年。まさにその同じ年に、“働き方”に配慮して数々の新しい提案を具現化した、画期的なオフィスビルが渋谷の丘の上に誕生した。その名は「渋谷ソラスタ」。ソラスタとは、「SOLA(空)」+「SOLAR(太陽)」+「STAGE(ステージ)」を組み合わせた造語である。そこには、晴れやかな空の下で多彩なワーカーが活躍する舞台になってほしいという意味が込められているという。オフィスビルにしてはなんとも楽しげなネーミングにひかれ、3月19日に行われた渋谷ソラスタのプレス内覧会に参加した。
渋谷ソラスタの事業主体は一般社団法人道玄坂121。東急不動産(株)と12の地権者が組成した、このビルを建設するための事業会社である。渋谷ソラスタが位置する場所には、かつて東急不動産の本社があった新南平台東急ビルをはじめ、4つのビルが建っていた。老朽化したそれらのビルを一体的に開発するため、2015年にすべて解体し、2016年に新築着工。そして約3年の歳月を経て2019年3月に、高さ107メートル、地上21階の大規模なオフィスビルとして生まれ変わったのだ。
渋谷という街には以前、「ビットバレー」と呼ばれるほどITベンチャーが多く集まっていた。渋谷には家賃の安い小さな古ビルがたくさんあったからだ。しかし、かつてのベンチャー企業は徐々に成長を遂げて事業を拡大し、社員も増加。それに伴い、渋谷では大型の賃貸事務所物件に対するニーズが高まっていった。渋谷ソラスタの収容能力は、約3,000人。以前の4つのビルの合計が約2,000人だったのに対しておよそ1.5倍に増えている。3月の竣工時にすでに(契約ベースで)満室という渋谷ソラスタとは、いったいどんな魅力を持つビルなのだろうか。
ダイバーシティにも配慮した働きやすいオフィス
渋谷駅から道玄坂上に向かって国道246号を歩いていくと、約6分で渋谷ソラスタに到着する。1階のメインエントランスに入るとそこは高さ14メートルの吹き抜け。頭上の空間が広々としており、渋谷では稀有な大規模オフィスだということを実感できる。2階のエントランスホールには約5mのベンジャミンの植栽がお出迎え。照明にはサーカディアンリズムという人間の生体リズムに合わせた照明制御が採用されている。午前中は集中力の高まる昼光色に、午後から夕方にかけては温かみのある温白色に色温度が変化するという。西側にあたるエントランスホールの奥には、四方を緑に囲まれたグリーンスクエアという共用ラウンジが。このビルのテナントで働く社員が専用で使え、1階に出店しているタリーズコーヒーがコーヒーサービスも行うので、美味しいコーヒーを飲みながらの打ち合わせもできる。
3階には東急不動産が都内で展開する会員制シェアオフィス「Business-Airport」の8店舗目となる「ビジネスエアポート渋谷南平台」が開業。さまざまなワークスタイルが望まれる渋谷のニーズに応えている。4階にコンファレンスルームがあって、5階から20階がオフィスフロアの基準階となる。
基準階のフロアは約530坪。500坪を超えるオフィスビルは渋谷では希少性が高い。長手方向が約90mという横長の形状のため、2.9mの天井高と相まって、かなり広く感じる。最大の特徴は北側に設けたグリーンテラス。高さ100mを超える超高層建築で外に出られて自然に触れられる物件は聞いたことがない。長さ約40m、奥行き2mと、ちょっとした散歩気分も味わえそうな大きさだ。見学したのは18階のフロアだったためか、個人的には、渋谷の街を見下ろせるその眺望が最も印象的だった。
21階には屋上の空間を利用して、スカイテラス、スカイラウンジが設けられた。スカイテラスは建物東側に位置する屋上庭園で、ヤマザクラやサルスベリ、イロハモミジなどの季節を感じられる植栽が植えられており、まるでビル専用の小さな公園だ。青空や陽光、そよ風や木漏れ日を感じながら、交流を楽しんだりリフレッシュしたりすれば、いいアイディアが浮かびそうだ。眼下には大規模再開発中の桜丘町が広がり、その変貌ぶりを日々見届けることもできる。
テナント企業のワーカー専用のスカイラウンジは、デザイナーによってしつらえられた高級感のある空間。部屋の中で自然を感じられる空間作りがされ、一つ800kgあるという大きさの希少な香川県産の庵治石を壁材として使用。ハイレゾ音響を駆使して、小鳥のさえずりや川のせせらぎを聞かせる音響設備もある。それを聞きながら、スカイテラスの緑を眺めながらの仕事もはかどりそうだ。
多様な人々が働きやすいオフィスを志向しているのも、渋谷ソラスタの特長だ。ダイバーシティに配慮して、21階にはオールジェンダー用のトイレや、宗教や宗派を問わずに利用が可能な礼拝室を設置。礼拝室には、イスラム教の人々がキブラと呼ぶメッカの方向も床に印してあるほか、手足を洗い清める小浄施設もある。また、各階の女性トイレの横には専用パウダーコーナーが設けられ、3面鏡の女優ミラー、化粧品やポーチが入れられる約60個の小物入れが備え付けられるなど、かなりの充実ぶりである。
ソフト面も含めたオフィス価値の提供
ここまで、渋谷ソラスタのハード面を駆け足で紹介してきたが、この先進的なオフィスビルは、いったいどのようなコンセプトで何を目指して造られたのだろうか。開発に携わった、東急不動産(株)渋谷プロジェクト推進本部の広瀬拓哉主任にお話をうかがった。
――東急不動産は、2012年に「building smiles ~はたらく人を笑顔に~」という標語を定め、ワーカー目線で、オフィスづくりを行ってきました。まさに働き方改革の精神を先取りしたようなコンセプトです。渋谷ソラスタでは何を目指し、どんな取り組みが行われたのでしょうか。
広瀬 もともと我々は高い設備スペックのオフィスビルを提供してまいりましたし、building smilesに象徴されるようなテラスなどの充実した共用空間を設けることにもいち早く取り組んできました。ただ、これからはハードの提供だけではなく、ソフトも含めたオフィス価値の提供が必要ではないかということで、今回新たに取り組んだのがソフト面の充実です。コミュニケーションが円滑に進むこと、さまざまなテクノロジーを駆使して利便性を高めること、より心身が健康でいられる環境、などを目指し新しい働き方を提案・サポートしています。
――どのような方法でそれらを実現させるのでしょうか。
広瀬 コミュニケーションに関しましては、ビル側のハードとしてさまざまなThird Placeという共用空間を作っています。テラスやラウンジといったクリエティビティを刺激する共用空間を多数配置することで、事務スペースに留まらないさまざまな働く場所をワーカーの方に提供しています。
また、テクノロジーに関しましては、IoTを活用したスマートオフィスとして、テナント専用のアプリケーションを作り、それを使った空調の制御や混雑情報・ワーカーの位置情報の提供といったさまざまな取り組みを始めているところです。
3つめのウェルネスという観点では、日比谷パークフロントという物件を第1弾にグリーンワークスタイルという取り組みを推進しています。この緑の力を活用して心身ともに健康に働くという取り組みを、渋谷ソラスタでも行うということです。
Third Placeを充実させ、IoTを活用
――大きく3つの特長があるわけですね。まず、Third Placeという共用空間を多数配置している理由を教えて下さい。
広瀬 Third Placeは何のためにあるのかといいますと、コミュニケーションを誘発するスペースだと考えています。たとえば、ここで休んでいる人を見かけたらちょっと話しかけてみようかなと思える、インフォーマルなコミュニケーションが生まれる場になればいいかなと思っています。
――「最高の打ち合わせは雑談から始まる」とも言いますから、共用空間が充実していることは良い仕事にもつながりますね。2つ目の特長であるスマホアプリを使ったサービス提供についても、もう少し詳しく教えて下さい。
広瀬 アプリケーションの機能としては、たとえばThird Placeや喫煙室、最上階のパウダールームやトイレの個室の利用状況をスマートフォンでリアルタイムで確認することができます。多数配置したThird Placeを積極的に利用していただくためには、いま混んでいるのか空いているのかといったことが分かると便利です。トイレに関しましては、同一テナント内であれば他のフロアが空いているかどうかも確認できますので、自分のフロアが混んでいたら空いている階を探すことも簡単にできます。
また、ワーカーの位置情報、例えば鈴木○○さんがリアルタイムで社内のどこにいるかをスマホで検索できるサービスも提供しています。昨今、生産性の高い働き方として普及しつつある(席を決めない)フリーアドレスのオフィスであったとしても、連絡をとりたい社員の居場所がすぐに分かるわけです。ただし、プライバシーに配慮して、トイレなどでは個別の位置情報は表示されないようにしています。
さらに、空調の発進/停止、温度の制御はもちろん、ビルのすぐ外で雨が降っているかどうか、気温がどれくらいかもリアルタイムで分かるようになっています。外出時に便利ですよね。これらの機能を活用することで、より働きやすい環境になると思います。
――IoTを活用したスマートオフィスは、話には聞きますが実際に足を踏み入れたのは初めてです。どういう仕掛けがあるんですか?
広瀬 基本的には、さまざまなセンサーで得られた情報をクラウドを介して情報提供や制御をしていくシステムです。テナントさんの社員が保有するスマホと天井内に設置されたビーコンが通信をすることで、位置情報が認識される仕組みになっています。位置情報を把握するシステムは、テナントさん自身で取り入れているケースは確認していますが、ビル側で導入している例はほとんどないと思います。ビル側で用意することによって、そういうシステムがあるならこういう働き方ができるなとテナントさんが気付き、働き方改革により取り組みやすい環境を提供できるのではないかと考えています。
緑の活用が日本の“働き方”を大きく変える鍵に
――3つ目の、緑の力を活用して心身ともに健康に働くという取り組みは、非常に魅力的ですね。緑に着目したのはなぜですか?
広瀬 東急不動産は以前から緑の力に着目し、植物を取り入れた新しい働き方をデザインする『GreenWorkStyle』を推進しています。オフィス空間における植物は、単に癒やしやリラックス効果を超え、働く人の生命を潤す力を持ち、日本の“働き方”を大きく変える鍵となり得るからです。さらに今回の渋谷ソラスタでは、HillToppingという言葉をキーワードに緑の力の活用をしています。こちらは学術用語で、蝶が丘の一番環境の良い場所を目指し集まる習性があることを表す言葉です。緑を配してさまざまなワーカーが自然と集まってくる場所になればいいなという願いを込めています。
――渋谷ソラスタでの緑の活用事例をあらためて教えて下さい。
広瀬 東側広場には13mあるメインのシンボルツリーを配置し、西側広場にもしだれ桜などがあります。渋谷で建物の周囲やアプローチにこれだけ緑をふんだんに配しているところはなかなかないと思います。季節を感じられるような植栽を配することで、オフィスワーカーや街の人にとっての憩いの場になればと思っています。
オフィスフロアの各階にグリーンテラスを設置したのは、渋谷ソラスタの大きな特長のひとつです。高層階でも自然を存分に感じられる空間をつくることで、クリエイティブワーカーの創造性を引き出し、生産性の向上を目指しています。
屋上のスカイテラスにも四季折々の緑を植え、青空・風・緑の香り・都心の景色を五感で体験できる空間を創出しました。それがモチベーションの向上につながればと考えています。
今回、緑に関しましては、庭園デザイナーの石原和幸さん(石原和幸デザイン研究所)やFIELD FOUR DESIGN OFFICE とコラボレーションしながら、ランドスケープやインテリアの緑を検討してきました。
――緑のある環境での休憩後は疲労感が減ったりストレスが軽減されるというエビデンスもあるようですね。
広瀬 ストレスが軽減されれば作業効率も上がります。つまり生産性を高める仕組みを入れていきたいと考えたときに、緑はひとつの重要なキーワードになるのです。生産性を高めることは、今後のオフィスビルの付加価値になってくると思います。商業施設と一緒になったオフィスビルは渋谷にもたくさんありますが、働くための機能をこれだけ考えたオフィスビルは、他にはないと思います。働く環境としては渋谷では一番ではないかと自負していますので、私自身もここで働くのが楽しみです。
――こんなオフィスで働けるなんてうらやましい限りです(笑)。本日はありがとうございました。
4月から施行される「働き方改革関連法案」では、長時間労働の是正や、多様で柔軟な働き方の実現などが企業に求められている。一方で採算性という問題も抱える企業にとっては、長時間働かなくとも結果が出せる働き方を模索する必要がある。つまり、生産性の高さや、効率の良さが重要になってくるわけだ。では、どうすればそれが得られるのか。間違いなくその答のひとつは、働く人々にストレスを極力感じさせず、能力をフルに発揮してもらうことだ。渋谷ソラスタが提案するオフィス環境には、そのための工夫がたくさん詰まっている。それが証拠に、広瀬さんからも、「創造性」、「生産性」、「モチベーション」という言葉がポンポン飛び出してきた。「働く場所の提供だけでなく、働き方までも含めたサポートをしていきたい」という思いで造られた渋谷ソラスタは、これからの“働き方”をいち早く提示したオフィスビルとして歴史に名を刻むのかもしれない。