4月28日の衆院補選で自民党は東京15区と長崎3区での候補者擁立を見送り、保守王国の島根1区での戦いに全エネルギーを投入した。だが、当初からの劣勢を跳ね返すことはできず、投票締め切りと同時に野党候補に「当確」を打たれる屈辱を味わった。強い向かい風が吹いていることは頭では分かっていたが、それが実際に数字で表れると、厳しい現実に戦慄(せんりつ)が走った。
補選の結果を受け、「やはり次の選挙は岸田じゃ戦えない」とささやかれるが、「じゃあ次は誰?」に対する明確な答えは聞こえてこない。世論調査では、石破茂元幹事長や小泉進次郎元環境相、上川陽子外相などの名前が挙がるが、本人たちの準備が進んでいるわけではないし、自民党内における支援の輪が広がっているわけでもない。ネクストバッターズサークルで、誰かが素振りをしているわけではないのだ。
表向きは自民党内の内輪もめがマイナスになるとの理由だが、「ポスト岸田」の本命が不在なため、大型連休が明けても「岸田降ろし」は始まっていない。他の議員と違うことをしたくないのか、干されたくないのか、それとも単に冷ややかなのかはともかくも、「昔なら党内から倒閣ののろしが上がったり、中堅・若手が声高に改革や刷新を叫んだりしたが、今の議員は本当におとなしい」(ベテラン秘書)という。
「ポスト岸田」を巡る動きが本格化しないもう一つの理由は、次の政権が短命になるかもしれず、火中の栗を拾いたがらないからだ。内閣や自民党の低支持率は、必ずしも岸田文雄首相だけによってもたらされたわけではない。物価高や負担増といった問題のみならず、裏金問題や収賄容疑、それにパパ活や不倫、パワハラなどによって引き起こされた政治不信は、たとえ新しい首相が誕生しても簡単に風化することはない。
一方、自民党は衆院補選で敗北を喫したものの、ここ最近の世論調査で内閣支持率はほんのわずかながら上昇に転じている。まだまだV字回復からほど遠いが、岸田首相はがぜん張り切り、諦めかけていた総裁再選へのイメージトレーニングを再開したようだ。自民党の元宿仁事務総長や最側近の木原誠二幹事長代理との打ち合わせに、何かしらのきな臭さを嗅ぎ取る者もいる。
永田町では、「岸田首相は政治資金制度の見直しと首脳外交で実績を上げた後、党役員人事と内閣改造を断行し、会期末に衆院を解散するのではないか」と予想する者もおり、その場合、投票日は7月28日か8月4日になると見られる。5月26日投開票の静岡県知事選で自民党推薦候補が勝てば、いくらかの勢いも加わるだろう。
内閣を改造しようと思っても“泥船”に乗ることを断る者が出てくるのではないか、党内の反対で解散権を行使できないのではないか、といった指摘もある。しかし、「現職総理の権力はすさまじい。昔よりもっと強大になっている」(閣僚経験者)という。それに加え、ほとんどの派閥が解体し、また政治資金パーティーも開催しにくい状況下では、総裁の力は一段と強く、盾突くことは容易ではない。
たとえ多少の減税効果や賃金上昇効果があったとしても、次の衆院選で与党が議席を減らすことはほぼ確実だ。だが、補選や参院選ならいざ知らず、「首相を選ぶ選挙」である衆院選で、「泉健太首相」が誕生することは想像しにくい。野田佳彦元首相あたりが党首に返り咲いた上で野党連携を強化しない限り、与党は50議席前後を減らしても首の皮一枚で過半数を維持でき、岸田首相は何とか総裁に再選されるのではないかと楽観視する者もいる。その可能性は消費税率くらいかもしれないが、決してゼロではないのだ。
だが、そもそも「信なくば立たず」や「聞く力」を訴えていた者が、わずか20%台の支持率で政権を維持しようとすること自体、間違っている。もしもあえて茨の道に挑むのであれば、何を成し遂げたいのかが明確でなければならないが、それも伝わってこない。会期末まで約1カ月半、岸田首相は自らの再選に向けたものだけでなく、退陣に向けた周到なイメージトレーニングもしておいた方がいいかもしれない。慌てて首相の座を降りる姿は、あまりにもみっともない。
【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。