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イノシシ対策を地域産業に変える―島根県美郷町 麻布大学、タイガーと産官学連携 豚熱検査支える

 農作物を荒らすイノシシを食肉や皮革製品に活用し、「おおち山くじら」の事業に育ててきた島根県美郷町。豚やイノシシの家畜伝染病「豚熱」の感染が広がり、ジビエに利用するイノシシのPCR検査例数が増加して負担が増したことから、島根県と美郷町は、町内に研究拠点を置く麻布大学(神奈川県相模原市)、鳥獣対策機器メーカーのタイガー株式会社(大阪府吹田市)と手を組み、2026年2月に共同の組織を立ち上げた。大学が検査を引き受ける新しい仕組みは4月に動き出し、地域の産業を途切れさせない備えになっている。

▽獣害対策を地域産業に変える

 人口約3800人で高齢化が進む町は、獣害にどう向き合うのか。美郷町は獣害対策と地域資源の活用という課題に対し、外部の知恵とノウハウを結集する「美郷バレー構想」を推進してきた。大学の分析力や企業の技術を、衛生管理や産業振興といった町の仕事に直接取り込む試みだ。業務を外に任せて終わりにせず、地域を動かす仕組みそのものに育てようとしている点に特徴がある。
 町が「おおち山くじら」として進めてきたのは、捕獲したイノシシを食肉や皮革製品に活用し、地域の仕事や交流につなげる取り組みだ。獣害対策を出発点に、食材の販売にとどまらず、町内の飲食店、学校、住民グループへ連携が広がり、地域に根付き始めている。町は2025年9月の報道発表で、獣肉料理や肉の売り買いだけで終わる一過性の取り組みとは「一線を画してきた」と説明している。

▽大学と企業の知恵を地域に生かす 

 この連携で中核を担うのが麻布大学だ。町内にフィールドワークセンターを置き、地域の課題を研究と教育につなげてきた。2026年4月からは、このセンターを核にジビエに利用するイノシシの豚熱検査を受託している。
 麻布大学は2019年3月に美郷町と包括協定を結び、2021年3月には町内でフィールドワークセンターの開設式を開いた。木造平屋の施設に講義室や実習室、研究室を備え、動植物のフィールドワーク教育、ジビエ加工技術の教育、食品衛生管理の研究などを進める。センター長を務める江口祐輔教授のもと、学生が地域に入り、実習や卒業研究のフィールドワークに取り組む点に、一過性の協力ではない特徴がある。
 タイガーは2021年に町内に営業所を開き、わなの管理や捕獲にも当たっている。検査では、ジビエ事業者からの申し込みを受け付けて麻布大学に検査を依頼し、料金の支払いも取りまとめる。この業務は県から委託を受けている。
 島根県は、麻布大学から検査結果の共有を受け、陽性が出た場合はジビエ事業者を指導する。検査料の半額を負担する支援策も設けた。美郷町も、4者の一員として協定に加わっている。
 2025年3月24~27日には、麻布大学、神奈川県大磯町、県立大磯高校の3者の協定に基づく獣害対策プログラムを美郷町で実施した。大磯高校の生徒がイノシシの捕獲現場やジビエ加工施設を見学し、シカ肉の加工も体験した。研究と教育が、地域の受け入れや交流にも結び付いている。

▽豚熱という新たな壁を越える

 島根県内では2022年5月、県西部の吉賀町で野生イノシシの豚熱感染が初めて確認された。国の方針で、発生地点から半径10キロ圏内で捕獲されたイノシシのジビエ流通は原則禁止に。同年11月になってジビエ事業者から流通再開の要請を受け、県ではPCR検査を開始。その後、感染は県内全域に広がるようになり、ジビエ事業者から週2回以上の検査を望む声が上がった。しかし、豚熱や鳥インフルエンザの検査など家畜防疫業務の増加に加え、獣医師職員の不足も重なり、県だけでは検査回数を増やすのが難しい状況だった。

  県のまとめでは、県内のジビエ利用頭数は2022年度の2136頭に対し、2024年度は490頭だった。ただし2022年度は事業者への聞き取り、2024年度は検査済みの頭数で、集計方法が異なる。今後の利用増加に対応するには、豚熱発生前の年間2000頭以上を検査できる外部の体制づくりが課題となっていた。
 こうした背景から、島根県、美郷町、麻布大学、タイガーの4者は2026年2月に協定を結び、「野生イノシシ疾病研究コンソーシアム」を設立した。麻布大学のフィールドワークセンターを核に、研究の一環として麻布大学がジビエに利用するイノシシの豚熱検査を受託する。
 検査の流れは、まずジビエ事業者がタイガーに検査を申し込み、イノシシの検体を麻布大学へ直接送る。麻布大学が検査し、結果は事業者に速やかに伝えられるとともに県とも共有される。これまでは事業者が家畜保健衛生所に依頼し、県の家畜病性鑑定室が検査していた。
 麻布大学による豚熱検査の受託は、4月1日から開始された。検査料は1頭5000円で、他の民間検査機関の9900円より安い。市町村の鳥獣被害防止対策協議会などに参加し、有害鳥獣として捕獲した個体の処理や活用に協力するジビエ事業者は、県の支援で2500円になる。町の公式発信によると、5月には麻布大学、県、タイガーが町内で捕獲されたイノシシから血液を採取し、検査の体制を確認した。新しい検査の仕組みは、地域のジビエ産業を続けるための基盤となる。
 美郷町美郷バレー課の安田亮氏は、今回のコンソーシアムを、4者の強みを生かして家畜伝染病の予防、ジビエ活用、獣害対策の3分野を結ぶ「三方よし」の仕組みと評価する。地域課題の解決にとどまらず、新たな価値を生み出す地域づくりにつながるとみている。

 2026年9月には、県川本家畜保健衛生所の主催で、アフリカ豚熱の発生を想定した防疫演習が町内で行われ、麻布大学やタイガーなど約40人が参加した。9月30日~10月2日に開かれた「美郷バレー・山くじらフォーラム2026」でも、県の担当者や江口教授、タイガーの小林一木取締役が登壇し、豚熱の検査体制やジビエの活用について講演した。町によると、フォーラム最終日の10月2日の視察で囲いわなに入っていたイノシシは、コンソーシアムの豚熱PCR検査で陰性と確認され、「おおち山くじら」として町内の飲食店に卸された。検査を地域の流通につなげた具体例だ。

 

▽奄美大島にも広がる大学の地域研究

 麻布大学の現場重視の研究は、鹿児島県の奄美大島にも広がっている。同大学生命・環境科学部は2025年12月17日、大和村と野生動物との共生に向けた包括連携協定を締結。国の特別天然記念物アマミノクロウサギの交通事故死や農作物被害を減らすため、動物の行動を手掛かりに対策を探る。
 背景には、奄美大島ならではの事情がある。アマミノクロウサギは貴重な固有種で、捕まえて移すこともできない。江口教授は「国が進めている捕獲中心の被害対策はできない」と話す。そこで大和村は、「捕獲に頼らない、地域住民の連携も深まる総合対策」の理念を取り入れるため、麻布大学フィールドワークセンターとの協働を選んだという。
 この総合対策を最初に導入した町が、美郷町だ。江口教授は1999年、農林水産省中国農業試験場畜産部(島根県大田市)でイノシシの被害対策研究を始めた。野生動物の行動と能力(運動、感覚、学習)の研究から「捕獲に頼らない、捕獲しないでも被害を防ぐ被害対策」を構築し、実証の現場として声をかけたのが、美郷町役場の安田氏だった。
 江口教授によると、農家ら当事者と取り組む総合対策のうち、捕獲については「山の10頭より里の1頭」という考え方を採り、これが「おおち山くじら」ブランドの利活用の仕組みのきっかけとなった。さらに安田氏が「獣害対策から始まる地域づくり」として住民活動の話を広げ、今に至る。江口教授は、この実証が基本となり「山くじらやその後の疾病検査につながっています」と語る。
 麻布大学によると、大和村では江口教授の研究室の学生5人が2026年6月上旬から長期滞在し、道路や農園でのクロウサギの行動を調べる研究を進めた。捕獲に頼らない被害対策を、住民とともに探る取り組みが、奄美大島で動き出している。

(株式会社共同通信社)


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