3月末は、1年のなかでも特に疲れがたまりやすい時期ではないでしょうか。年度末の締め作業に人事異動、新年度への準備と、仕事で気を張る場面が続き、気付けば心も体も思った以上にくたびれています。忙しさに追われるうちに、自分の疲れを後回しにしてしまうからこそ、温泉に行きたくなります。湯に身を沈め、肩の力を抜き、おいしい食事にほっとして、きれいな景色をぼんやり眺める。そんな当たり前の癒やしが、いつも以上に深くしみてくるものです。
今回ご紹介するのは、温泉、食事、景色のどれもが印象に残る温泉民宿、熊本県水俣市の「湯の児温泉 温泉いわさき」です。
熊本県水俣市に湧く湯の児温泉は、不知火(しらぬい)海(八代海)を望む海辺の温泉地です。穏やかな海とリアス式海岸の景色が広がり、山あいの温泉地とはまた違った開放感を感じられるのが魅力。1925年に開湯し、2025年には100周年を迎えました。海沿いの温泉街には10軒ほどの宿や温泉施設が点在し、どこか懐かしく、落ち着いた空気が漂います。
「温泉いわさき」は、そんな湯の児温泉の高台に建つ民宿です。緑になじむ素朴な建物には、田舎の親戚の家を訪ねたようなホッとできる安心感があり、肩ひじ張らずに過ごせます。客室の窓からは、温泉街の向こうに海が広がり、その眺めだけでもこの宿に来た価値を感じます。


お風呂は内湯のみですが、大きな窓が配され、明るく開放的なつくりです。3人入ればいっぱいになるほどの湯船の奥には、青々とした木々が生い茂る「ジャングル風呂」です。露天風呂ではないものの、南国の森に迷い込んだような光景が広がり、思わず童心に返るような湯浴みを楽しめます。


そんな個性的なお風呂に注がれているのは、自家源泉を加水・加温・循環なしで掛け流す新鮮な湯。泉質は、ナトリウム―炭酸水素塩・塩化物温泉です。透明なお湯は、ミネラル分が豊富なためか、わずかに白みを帯びて見えます。漂うのは、まろやかな塩のような香り。口に含むと、ほんのり塩気とうま味があり、薄いお吸い物を思わせる味わいです。肌ざわりはつるすべとしていながら、少しキシむような独特の感触もあり、湯の濃さがしっかり伝わってきます。身を沈めていると、成分の濃い湯が全身を包み込んでくるような心地よさがあり、湯上がりはさっぱりしているのに肌はしっとり。しばらく体の芯からぽかぽかと温かさが続きました。
温泉いわさきは、漁師でもあるご主人が営む宿で、ご主人自身が漁船「あけぼの丸」の船長です。だからこそ夕食には、その日水揚げされたばかりの新鮮な地魚がずらりと並びます。漁師宿ならではのぜいたくを存分に味わえます。



この日の夕食に並んだのは、メバルとカワハギのお造り、カワハギの肝醤油(きもじょうゆ)、地元で「アメ」と呼ばれる魚の塩焼き、ハンタの揚げ物、煮魚、コチとエソの三杯酢、コチのあら汁など。刺身はみずみずしく、カワハギは肝醤油をまとわせることで、ぐっとうまみの厚みが増し、思わず箸が進みます。塩焼きはふっくらと焼き上がり、揚げ物はさくっと軽やか。あら汁には魚の濃厚なだしが溶け込み、最後の一口までしみじみとおいしい。刺身、焼き物、揚げ物、汁物と、地魚の魅力をさまざまなかたちで味わえる、魚好きにはたまらない夕食でした。

3月末は、仕事の忙しさや環境の変化が重なり、心も体も疲れをため込みやすい時期です。そんなときこそ、週末だけでも日常のプレッシャーから少し離れ、温泉旅で自分をリセットしてみたくなります。
海を眺め、湯につかり、新鮮な魚を味わう。湯の児温泉の「温泉いわさき」には、そんなシンプルな時間の心地よさがあります。帰るころには、張りつめていた気持ちがふっとゆるみ、体まで少し軽くなったように感じられる。年度末の疲れを静かにほどきたいときに訪れたい素朴な温泉民宿でした。
【湯の児温泉 温泉いわさき】
住所 熊本県水俣市大迫湯の児1215-2
電話番号 0966-62-3354
【泉質】
ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物温泉(低張性 中性 高温泉)/泉温51.2度/pH:不明/湧出状況:不明/湧出量:100リットル/加水:なし/加温:なし/循環:なし/消毒:あり ◆掛け流し
【筆者略歴】
小松 歩(こまつ あゆむ) 東京生まれ。温泉ソムリエ(マスター★)、温泉入浴指導員、温泉観光実践士。交通事故の後遺症のリハビリで湯治を体験し、温泉に目覚める(知床での車中、ヒグマに衝突し頚椎骨折)。現在、総入湯数は2,800以上。好きな温泉は草津温泉、古遠部温泉(青森県)
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