前回はクラウドコンピューティングの話題を取り上げました。「集中と分散」はコンピューターの資源配置の永遠の課題で、「集中がいい」「いや、分散に利点が多い」と揺り戻しを繰り返して、互いに発展してきた経緯があります。例えば、クラウドコンピューティングは資源がデータセンターに集中していると説明しましたが、大昔のメインフレームと比べたら、小型の各サーバーに資源が分散しています。この文脈で考えればクラウドを分散の技術と捉えることも可能です。近年のWeb1.0、Web2.0、Web3論争のように、どんなナラティブで語るかで、その技術を説明する言葉が180度変わってしまうこともあるので、本を読んだり、人に説明したりするときに心に留めておくと良いと思います。
クラウドを「データセンターに資源が集中するコンピューターの運用形態だ」と捉えたとき、長所は資源が集積するので規模の経済が働くこと、管理対象が1箇所にまとまっていることなどです。短所はクラウドに対して何らかの処理を要求するとき、要求する主体が存在する位置によっては、クラウドへの距離が遠くて通信に時間がかかることなどです。
よく、インターネットは距離や国境を越えた、と表現されます。隣町にある会社のサーバーにアクセスするのも、アメリカにあるグーグルのサーバーにアクセスするのも、人間の体感時間としては差が感じられません。インターネット上の距離を表す指標の一つであるホップ数は物理的な距離ではなく、送信元と送信先の間にある通信装置の数です。しかし、極端に高速な返答を要求するサービスや、伝送に時間がかかるデータを送受信する際には、やはり物理的な距離が重要な要素になってきます。
例えば動画の配信などは大量のデータを送受信しますし、伝送が遅れると動画視聴が止まってしまう典型的なサービスです。世界中の人へ配信する動画を管理する意味では、動画をクラウドに蓄積しておくと楽ですが、その位置によっては離れた場所にいる利用者への配信で遅延が生じるかもしれません。そこで現れたのがエッジコンピューティングです。
動画配信の例でいうと、世界各地にエッジサーバーを用意して、動画データを蓄積します。動画を要求するクライアントは遠くにあるクラウドに頼らずに、近くのエッジサーバーから動画を配信してもらうことで動画視聴の応答性がよくなりますし、要求があるごとに長い距離のデータ伝送を行う必要がなくなりますので、インターネット全体の利用効率化にもつながります。動画の大元はクラウドにあるので、ただ分散させた形式とも違います。一元管理の良さは手放さず、使いたいものが利用者の近くにある便利さを両立させたわけです。
もちろん、エッジサーバーにどんなデータを蓄積しておくといいのかをきちんと判断できないと、かえって無駄を増やしてしまう可能性もあるので、決して運用が簡単な技術ではありませんが、配信アルゴリズムは年々進歩し、今ではインフラとして根付いています。
現在では動画配信だけでなく、世界中に散在するセンサーなどのIoT機器のデータを収集するためになるべくこれらの機器の近くにエッジサーバーを配置することが行われています。また、スマートフォンで人工知能(AI)を利用する際に遠隔地のクラウドとデータを極力やり取りしないようスマートフォンをエッジ機器化して応答性を上げる、プライベートな情報をクラウドに送信しないといった使い方へと発展しています。
【著者略歴】
岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/政策文化総合研究所所長。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」「プログラミング/システム」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」「Web3とは何か」(光文社新書)など。