栽培適地とは言えない欧州中央の高冷地で、稲作の挑戦が始まっている。生物多様性、地球温暖化、食料安全保障に対する意識の高まりを背景に、国内の栽培作物を多様化し、長期的には食料の海外への依存を減らすのが狙いだ。(文・写真 共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)
スイスとオーストリアに挟まれたアルプスの山間部。ウインタースポーツで大活躍するリヒテンシュタインは、国土面積が世界で6番目に小さく、小豆島と同じぐらいの国土に約3万8千人が暮らしている。医療機器や化学製品など工業、金融業、観光業が盛んで、1人当たりの国内総生産(GDP)は日本の約6倍、約19万7千ドル(2022年)。世界2位の豊かな国だ。
ただ、食料の大部分を海外に依存している。それだけに、食料の確保や気候変動に対する意識が高く、農業への関心を高めるための消費者への働きかけも積極的だ。リヒテンシュタインを中心に、啓発運動に取り組む連携機構「ウェルタッカー」は、各地にショーガーデン(見本農場)を展開し、作物の多様性や耕作地の重要性を訴えている。
「私たちは再生できる以上の天然資源を使用しており、責任を持って効率的に天然資源を使う義務がある。地球が将来の世代を養うことができるように、肥沃(ひよく)な土壌を維持しなければならない。意識の高い食生活を通じて、私たちは資源と気候の保護に直接、大きな貢献をすることができる」(ウェルタッカー)とし、有機栽培の普及や土壌の改良、食品廃棄の削減を推進している。
実際に、リヒテンシュタインの耕地面積全体に占める有機栽培の作付面積は43.9%(22年、国際有機農業運動連盟)でトップ。2位の隣国オーストリア(27.5%)を大きく引き離し、日本の(0.6%。同年の農水省調査)と比べるとその差は歴然としている。
首都ファドゥーツの見本農場では、「これまで作付けしていない作物でもリヒテンシュタインで栽培できるか試したい」(栽培・販売を担当しているノイフェルト農場のクリスチャアン・コンラッドさん)と、19年にイタリア北部から陸稲の中粒種シンフォニアを取り寄せた。
今年は16アールに作付けし、農場の近くの直売所で販売した。300グラムで8ユーロ(約1270円)と高価だが、完売した。パスタのようにゆでて副菜とするほか、リゾットやサラダなどにも使われている。
コンラッドさんは「まだ試験栽培の段階にあり、(陸稲なので)水を張らないため雑草との闘いになる」と課題を挙げ、食味の改善や栽培コストの引き下げに取り組む。
リヒテンシュタインの気温は冬に氷点下3度前後に低下するが、夏は24度まで上昇する。稲の生育は夏の3ケ月間の温度と日照時間が決め手になるので、20数度を維持できれば可能性は十分にある。地球温暖化が進めば、長期的にはむしろ栽培適地になる可能性もあり、リヒテンシュタインの地産地消に貢献するだろう。