3月16日に延伸開業する北陸新幹線の金沢―福井・敦賀は、福井県にとって「100年に1度の好機」と観光客増に大きな期待を寄せる。福井県内には新たに四つの新幹線駅が誕生。沿線関係地では、さまざまな関連キャンペーンを展開する。開業まで1カ月に迫った2月、新駅「越前たけふ駅」で観光客を迎える越前市を訪ねた。
▽紙の神社も
「越前」という名で多くの人に知られているのは「越前和紙」だろう。全国に和紙の産地は多いが、1500年の歴史があるとされる越前和紙は、江戸時代には福井藩内で通用する日本最古の紙幣「藩札」を発行するなど全国に先駆けた「お札のふるさと」ともいわれる。現在のお札にも使われている透かし技術は、もともと越前和紙に伝わる技法「白黒すかし」だという。越前市には、日本で唯一とされる紙の神を祭る神社もある。
▽日本画家が愛用
和紙の歴史を知ることができる資料館や体験施設がある「越前和紙の里」で2023年7月、新たに「越前和紙の里美術館」が開館した。越前和紙は版画用紙として優れているとされ、多くの画家に重用された。中でも日本画家・東山魁夷(1908―1999)は、原料のコウゾだけを使った伝統製法による「越前生漉奉書(きずきほうしょ)紙」という越前和紙を好んで版画制作をしたという。
同美術館は、約350の東山魁夷作品を所蔵し、うち約50作品は越前和紙によって制作。栗田隆之館長は「越前和紙は何回も刷るような版画に向いている」と話し、東山のほかにも平山郁夫、横山大観、藤田嗣治といった画家らが越前和紙を愛用したという。
「越前和紙の里美術館」は、この地にあった1923年建設の旧福井銀行岡本支店100周年の節目となる23年に美術館としてオープンした。2階建て館内に三つの展示室があり、最も大きな第1展示室には、越前市がNHK大河ドラマ「光る君へ」主人公・紫式部ゆかりの地だとして「源氏物語」に関する企画展を開催していた。
第1展示室にはこのほか、東山魁夷作品の代表作とされる「道」「残照」「緑響く」をじっくり鑑賞できるブース型の展示コーナーも配している。銀行時代に会議室だったという第2展示室は、東山魁夷の奈良・唐招提寺御影堂障壁画の版画作品「濤声(とうせい)」を3分の1大にした版画も同美術館の特色だ。
栗田館長は「版画は普通の紙に刷ると思っている人もいるが、この美術館で和紙に描いた日本画を知ってもらい“日本の美”を味わってほしい」と強調する。このほか「越前和紙の里」には、歴史を学ぶ「紙の文化博物館」、紙すき実演の「卯立(うだつ)の工芸館」、体験施設「パピルス館」があり、美術館と合わせた観光スポットとして話題になりそうだ。
▽ちひろ、かこさとし
越前市には、淡いタッチの子どもの水彩画で人気がある絵本画家いわさきちひろ(1918―1974)の生家跡「ちひろの生まれた家」記念館や、「だるまちゃん」シリーズで知られる同市出身の絵本作家かこさとし(1926 ―2018)の「ふるさと絵本館」もあり、文化・芸術に関心がある人も訪れるスポットが点在している。
▽“そばの聖地”
食の分野では「越前がに」と言いたいところだが、庶民にとっては「おろしそば」で知られる「越前そば」を味わいたい。越前市観光協会によると、福井県はネットメディアの調査で2021~23年「そばがおいしい都道府県ランキング」で3年連続全国1位を獲得。県内でも約400年前に越前おろしそばが誕生した越前市は“そばの聖地”と呼ばれているという。
観光協会は、越前そばを紹介するパンフレット「越前おろしそば 国府麺遊記(こくふめんゆうき)」を製作。「日本三大そば」とされる岩手・わんこそば、長野・戸隠そば、島根・出雲そばに、越前おろしそばを加えた「日本四大そば」を宣言。新たに「越前市は日本一おいしいそば処(どころ)」プロジェクトを発足し「越前のソウルフードを広めたい」と意気込む。
▽新しいまちづくり
北陸新幹線延伸開業は、観光地にとって大きなメリットになるが、懸案もある。沿線では新たに石川県内に小松、加賀温泉の2駅、福井県内に芦原温泉、越前たけふ、福井、敦賀の4駅が誕生するが、越前たけふ駅だけが従来のJR駅から約3キロ離れた所にある。
新幹線乗降客にとっては、市内中心部や観光施設へのアクセスが課題で、越前市地域交通課は「確かに新幹線を降りてからの2次交通が課題。当面は市中心部へのシャトルバス運行のほか、タクシー、レンタカーなどの利用が中心になる」と説明。一方で「新しく計画的なまちづくりができるというメリットもある」と強調する。東海道新幹線の新横浜駅が横浜駅から離れた場所に造られ、新しい街が生まれたように、やはり新幹線開業は期待の方が大きそうだ。