誰でもテレビの時代劇などで、「お家お取り潰し」のシーンを見たことがあるだろう。「忠臣蔵」で有名な赤穂事件の場合、松の廊下での刃傷の直後に改易(取り潰し)の沙汰が下り、1カ月で幕府に城を明け渡さなければならなくなった。その間、城内はもとより、武家屋敷の修繕や掃除を終え、藩札と貨幣との交換も行ったというから、まさに上を下への大騒ぎだったはずだ。
去る8日の衆院選で議席を失い、“ただの人”になった前議員は130人を超える。事前の調査結果で悟り、投票日前に秘書に事務所の荷造りを命じた者もいるが、ゲン担ぎが大好きなセンセイたちは、縁起でもないことは避けて当落が確定するまで待った。選挙後、衆院事務局から与えられた猶予期間はわずか4日、だからこの数日間、深夜を過ぎても落選議員の事務所の明かりは煌々と灯った。
地方では人口の転出超過の自治体が多いが、議員会館と議員宿舎は“転出”と“転入”の帳尻がちょうど合う。落選した議員の事務所・宿舎には新人議員や返り咲きを果たした元職議員が入るからだが、その前に業者によって徹底した“大掃除(クリーニング)”が行われる。特別国会は18日に召集されるため、遅くとも開会日前日には新たな主に鍵の暗証番号が伝えられ、部屋が使えるようになる。
選挙前までは笑顔を見せていた衆院の職員も、心を鬼にして“早期撤収”を促すのが習わしだ。ひいきにしていた業者も、神妙な面持ちで容赦なく取り立てに来る。いずれも仕事だから当然なのだが、人情紙の如しを痛感する瞬間だ。投開票日翌日から2棟の衆院議員会館にはひっきりなしに引っ越し業者が出入りし、事務所では秘書たちが自分たちの行く末を案じつつ、うつむき加減で荷造りに励む。数年に一度のおなじみの光景だが、落選の厳しい現実を物語る。
当選回数の少ない議員ならば、議員会館にしても宿舎にしても、それほど荷物は多くない。一昨年の衆院選で当選したばかりの新人議員ならば、1日もあればきれいに明け渡せるだろう。しかし、ベテラン議員は違う。事務所には数十年分の思い出の品や書籍、資料が詰まっている。宿舎もそうだ。家族も一緒に住んでいた者ならば、より多くの生活用品が加わるため、もっと大変だ。
選挙区が比較的近かったり、都内に自宅や個人事務所を持っていれば、とりあえずそこに荷物を搬入することもできる。だが、そうした前議員はほんの一握りで、できるだけ議員会館や宿舎で“断捨離”が試みられる。だからここ数日は、議員会館や宿舎のゴミ捨て場はあふれかえった。まだまだ使えそうな品も少なからず廃棄されるのは、それだけ急いだ証だろう。回収を待つ新聞や雑誌も、廊下に山積みにされた。
今回の選挙を機に引退した議員も、事務所や宿舎を明け渡さなければならない点では同じだ。だが、衆院の解散が実質的に決まってから1カ月近くもあり、後片付けに時間的な余裕があった。息子などの後継者が当選すれば、表向きは等しく明け渡さなければならないものの、“特別な配慮”により、部屋をそのまま引き継ぐことができる場合もある。
秘書たちが片付けを終えたとき、もう事務所に出勤できない寂寥感よりも、まずは大きな疲労感がのしかかる。だが、机や椅子、書庫など以外、何もない、がらんとした部屋を振り返ったとき、前議員の中には初当選時を思い出し、万感胸に迫る者もいるという。たとえ数カ月だけでも大臣や副大臣を務めれば、退任のときに立派な花束をもらい、拍手で役所から送り出されるが、どれだけ当選を重ねても、議席を失って議員会館を去るときは誰にも見送られず、衛視が小さく敬礼するだけだ。
誰も望まないものの、昔から一度落選を経験すると一皮むけて、いい政治家になると言われる。国民の真の痛みが分かったり、自分のおごりを省みたりする機会になるからだろう。今回、力が及ばなかった前議員たちのうち、次の衆院選でいったいどのくらいが「いい政治家」になって戻ってこられるのだろうか。それとも、議員会館と「今生の別れ」になる者の方が多いのだろうか。
メディアでは大々的に取り上げられないが、永田町の引っ越し光景をひっくるめて“衆院選”だと見たほうがいい。少なくとも選挙は候補者名の連呼と「万歳」だけではないのだ。
【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。
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