一口に温泉旅行といっても、旅館、ホテル、民宿、ペンションなど、宿の種類はさまざまです。格式高い温泉旅館、オシャレで設備の整っている最新のデザイナーズリゾートホテル、料理自慢の割烹(かっぽう)旅館と、その特徴や魅力も異なるため、旅行のスタイルにも影響しますよね。私は、どの宿のスタイルにも魅力を感じますが、素朴な民宿の風情も好きです。昭和を感じる雰囲気は、普段通り過ごせるようなアットホームな安心感があります。
今回は、そんな温泉民宿の一つ、長野県・乗鞍高原温泉の「たかみね(高嶺)荘」をご紹介します。こちらは現在、素泊まりのみの営業のため、食事は周辺の温泉街などで食べることになります。
乗鞍高原温泉は、長野県松本市安曇の、標高約1500メートルに位置する温泉地です。風光明媚(めいび)な北アルプスの山々に囲まれた温泉街には、約50軒の宿泊施設、飲食店などが点在しています。開湯の起源は謎に包まれ、西暦800年代とも、縄文時代とも言われ、諸説あるようです。源泉は乗鞍岳の中腹、標高2000メートルあたりに湧いています。その源泉を、約7キロメートル引湯することにより、1970年代から、現在の温泉街が形作られたのだそうです。
「たかみね荘」は、そんな乗鞍高原温泉に古くからある温泉民宿です。白い壁と青い屋根のシンプルな外観は、周囲の雄大な山々の景色にマッチしています。おそらく、冬の雪景色にも溶け込むような色合いですね。
館内は、まるで田舎の親戚の家を訪れたかのような、昭和を感じる素朴なつくりです。年季は入っていますが、どこも清潔に保たれ、ホッとできる空間。宿泊した部屋は、昔ながらの和室に、こたつが設えてあり、こちらもホッと、気兼ねなくくつろげる雰囲気でした。
お風呂は、男女別内湯のみ。浴室は、床・壁・天井すべてに木が張り巡らされ、そのぬくもりを感じる風情ある湯小屋。しっかりと時間が積み重なり、湯が染み込み、ダークブラウンの重厚な趣を醸し出しています。そこには、3~4人ほどが入れる長方形の湯船が一つあり、乳白色の源泉が注がれています。乗鞍岳から引湯する源泉を、加水・加温・循環・消毒なしの「完全掛け流し」で提供。コンパクトな浴槽のため、湯の鮮度は抜群です。そんな生きのいい源泉から、元気をそのままもらえるような感覚でした。
泉質は、単純硫黄温泉(硫化水素型)。温泉からは、じゅっと火で焙(あぶ)ったような甘く濃い硫黄の香りが鼻孔をくすぐり、浴室の芳ばしい木の香りとのマッチングが絶妙なアロマセラピー。pH3・3の弱酸性のお湯は、少し酸味を感じる味わいで、塩レモン水のような飲み口です。きめ細かい白い湯の花がたっぷり舞い、それが肌にまとわりつく、クリーミーな浴感が極上でした。また、明るいミルキーブルーの湯色と、浴室全体のダークブラウンの鮮やかなコントラストが美しく、民宿の外に広がる山々の景色に、負けずとも劣らない「絶景空間」だな、と感じました。
たかみね荘では、数年前まで食事を提供しており、かなり評判だったようですが、現在は休止中のため、利用は素泊まりのみ(温泉入浴のみもできません)。館内の食堂には、冷蔵庫と電子レンジがあり、食事の持ち込みは可能です。
今回はせっかくなので、乗鞍高原温泉の温泉街で食事をすることにしました。ヨーロピアンな山小屋風の外観の「カフェふきのとう」に入り、名物の「さくらステーキ定食(馬肉ステーキ)」をいただきました。長野県は、熊本県と並ぶほど、古くから馬肉文化があるエリア。馬刺しは有名ですが、馬肉ステーキを目にするのは初めてでした。食べてみると、お肉は軟らかく、旨味(うまみ)がたっぷり感じられ、とてもおいしかったです。宿で提供される食事を楽しむことも良いですが、こうして温泉街グルメを堪能するのも、旅の思い出になりますね。
温泉旅行のスタイルが多様化した現在は、温泉地でどう過ごすか、食事をどこでとるか、どんな雰囲気が良いかなど、ご自身の好みに合わせて選べる良い時代ですね。
これからは新緑が美しい季節。せわしない日常に疲れたら、昭和に戻れるような風情ある民宿で過ごす温泉旅行もおすすめです。
【乗鞍高原温泉 たかみね(高嶺)荘】
住所 長野県松本市安曇4028
電話番号 0263-93-2613
【泉質】
単純硫黄温泉[硫化水素型](低張性 弱酸性 高温泉)/泉温46.8度/pH:3.3/湧出状況:自然湧出/湧出量:不明/加水:なし/加温:なし/循環:なし/消毒:なし ◆完全掛け流し
【筆者略歴】
小松 歩(こまつ あゆむ) 東京生まれ。温泉ソムリエ(マスター★)、温泉入浴指導員、温泉観光実践士。交通事故の後遺症のリハビリで湯治を体験し、温泉に目覚める(知床での車中、ヒグマに衝突し頚椎骨折)。現在、総入湯数は2,500以上。好きな温泉は草津温泉、古遠部温泉(青森県)。