休日に人気の温泉地に足を運ぶと、まるで新宿や渋谷にいるかのようなにぎわいを感じます。温泉街に活気が戻ったようでうれしい思いですね。その中には、外国人観光客の姿もチラホラ。温泉客の国際化、多様化に合わせて、新築や古い宿をリノベーションした、オシャレで近代的なデザイナーズ旅館も増えています。そこで過ごすひとときは、もちろん素晴らしいものですが、その分、昔のままのレトロな「和の空間」の良さも、再認識されているように感じます。日本には、そんな伝統建築の宿が、まだまだ全国各地に点在しています。
今回は、伝統的な「和空間」を堪能できる国の登録有形文化財の宿、福島県の「会津東山温泉 向瀧(むかいたき)」をご紹介します。
会津東山温泉は、福島県会津若松市に湧く温泉地、JR「会津若松駅」から、車で15分ほどです。湯川沿いに形成された温泉街は、約20軒の旅館やホテル、飲食店などが軒を連ねています。開湯は8世紀ごろで、かつては会津藩御用達の湯治場として栄えた歴史があり、今でも格式高い和風建築の宿が多く残っています。
「向瀧」も、そんな歴史ある宿の一つです。江戸時代から、会津藩上級武士指定の保養所として使われ、明治時代以降は旅館として営業しています。現在の建物は、1910年代の大正期に建てられたものがメイン。建築面積200坪弱の壮大で重厚な建築は、先述の通り、国の登録有形文化財に指定されています。丁寧に手入れされ、磨き上げられた館内は、時間が経つほどに価値が上がるアンティークの趣があります。それでいて、畳や木材が持つ「和のあたたかさ」も感じられ、高級なもの特有の緊張感や堅苦しさがなく、ゆったりゆっくりと落ち着いて過ごすことができる雰囲気です。
お風呂は、それぞれ男女別の内湯「きつね湯」と「さるの湯」のほか、「蔦(つた)の湯」「鈴の湯」「瓢(ふくべ)の湯」-の3カ所の貸切家族風呂(内湯)があります。また、別棟の「はなれの間」に宿泊すると、「はなれの間専用浴室」に入れます。
男女別の内湯「きつね湯」は、向瀧の中でも一番の伝統を持ちます。会津藩の保養所時代に、「狐湯」と呼ばれ親しまれたことからその名を残す、宿のハイライトといえるお風呂です。上品な白いタイルが張り巡らされたレトロな浴室には、5、6人が一度に入れる湯船が一つのシンプルなつくり。神社やお寺のさい銭箱のような大きな湯口から、新鮮な「自家源泉」を絶えず掛け流す、ぜいたくな湯使いが魅力です。湯口に付着した白くモコモコな温泉成分の析出物が、温泉そのもののパワーを表しているように感じます。
泉質は、ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉。加水・加温・循環・消毒の一切ない「完全掛け流し」で、各お風呂へ提供しています。源泉の湯温は56度と高温ですが、湯量調節のみの絶妙な加減で、どのお風呂も熱めの適温を保っています。
無色透明のお湯は、石を火であぶったような、少し焦げた鉱物の香りが漂います。浴感は、やさしくなめらか。ツルツルスベスベの感触の中に、肌にキシキシと引っかかる重たさもあり、泉質通りの多様なミネラルのハーモニーを堪能できます。源泉を手ですくって舐(な)めると、自然な甘さとダシのような味わいを感じます。湯上りは、体の芯まで温まり、しばらく汗がひかないほどポカポカ。保湿作用にも優れた泉質のため、お肌はしっとりもっちりとして、潤いを実感できました。
食事にもこだわりを持つ向瀧。里山の恵みを中心とした会津の食材をふんだんに使用し、化学調味料、合成着色料、人工保存料、人工甘味料などを使用しない調理を徹底しているそうです。
宿泊した日の夕食は「鯉の甘煮」「会津地鶏の雪見鍋」「雪国鯉のたたき」「福島酵母和牛の姫ステーキ」などがお膳を彩りました。どれも主菜といえるラインアップは、それぞれおいしく、会津産コシヒカリのご飯とともに、箸が進みました。
今回ご紹介した向瀧を含め、日本にはまだまだ数多くの「登録有形文化財」の宿が残っています。伝統的な「建築美」の空間に身を置くことで、その時代にタイムスリップしたかのような、「非日常」の時間を堪能することができるでしょう。最新の設備やデザインの温泉施設も、もちろん素晴らしいですが、歴史ある建築の中で、重厚かつゆったりとした和空間を味わう温泉旅もいいものですね。
【会津東山温泉 向瀧】
住所 福島県会津若松市東山町大字湯本川向200
電話番号 0242-27-7501
【泉質】
ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉(低張性 弱アルカリ性 高温泉)/泉温56.6度/pH:7.7/湧出状況:自然湧出/湧出量:毎分24.0リットル/加水:なし/加温:なし/循環:なし/消毒:なし ◆完全掛け流し
【筆者略歴】
小松 歩(こまつ あゆむ) 東京生まれ。温泉ソムリエ(マスター★)、温泉入浴指導員、温泉観光実践士。交通事故の後遺症のリハビリで湯治を体験し、温泉に目覚める(知床での車中、ヒグマに衝突し頚椎骨折)。現在、総入湯数は2,500以上。好きな温泉は草津温泉、古遠部温泉(青森県)。