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小林義久 『国連安保理とウクライナ侵攻』

「読書は面倒だが、役に立つ」  自著を語る 小林義久『国連安保理とウクライナ侵攻』

小林義久『国連安保理とウクライナ侵攻』ちくま新書、2022880円(税別)

激動する国際情勢を理解するために 「国連」というフィルターを通じて

2024年は1月1日に能登半島地震、2日に羽田空港での海上保安庁と日航の航空機衝突事故と、大ニュースが立て続けに起きる中で幕を開けた。世界に目を転じても、11日には米英両軍がイエメンの親イラン派武装組織フーシ派を攻撃、パレスチナ・ガザでの戦火が中東で拡大する様相となり、13日の台湾総統選では中国が台湾独立派と見なす頼清徳氏が当選を決めた。今後も3月にウクライナ侵攻を続けるロシアで大統領選、11月にはドナルド・トランプ氏の返り咲きが焦点となる米大統領選がある。まさに激動の年となる予感がするのは筆者だけではないだろう。果たして、近い将来中国は台湾に侵攻するのだろうか。ウクライナ侵攻で停戦への道はつくのだろうか、米大統領選でトランプ氏が勝利した場合、世界はどうなるのだろうか。

こうした疑問に答えるというのはおこがましいまでも、本書は読者に何らかのヒントを提供できると考えている。

まずは本書のなりたちから説明したい。筆者は2001~05年に共同通信のウィーン支局、07~10年にはニューヨーク支局、16~19年にはジュネーブ支局で特派員を務めた。オーストリア・ウィーンには国際連合(=国連)の関連機関である国際原子力機関(IAEA)が本部を置いている。北朝鮮やイランの核問題がたけなわの時代で取材に忙殺された。これが縁となりニューヨークでも国連を担当、安全保障理事会(=安保理)で長距離弾道ミサイル発射や核実験を繰り返した北朝鮮への制裁議論を追いかけた。スイス・ジュネーブでも「米国第一主義」を掲げるトランプ米政権下で、国連人権理事会や世界貿易機関(WTO)などで繰り広げられた米中対立をつぶさに見聞することができた。

こうして約10年間、記者として国連をウォッチする中で、国連というフィルターを通せば国際政治の流れがよく見えることに気づかされた。

日本では、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の高等弁務官を務めた故・緒方貞子さんや、ユニセフ親善大使を務める黒柳徹子さんの功績もあり、国連を人道・人権活動に取り組む国際機関として好意的な印象を持つ人が多い。その一方、国連が第2次世界大戦で勝利した連合国を母体にスタート、今でも英語表記が連合国を意味するThe United Nationsであることから「所詮は第2次世界大戦の戦勝国の論理が優先される組織」と否定的にみる人も少なくない。

これらの見方はどちらも間違っていない。国連は多面的で複雑な組織なのだ。それを象徴するのが、本書の表題にもなっている国連安保理である。国連には193の加盟国で構成される総会があるが、侵略行為をしたり、国際法違反をしたりした国に制裁を科したり、紛争地に平和維持軍(PKO)を派遣できるのは安保理だけだ。15の理事国で構成されるが、決定にあたっては5つの常任理事国=米英仏中ロ(Permanent members 5=P5)が強い権限を持ち、自国に都合の良くない決議案は拒否権を行使して葬り去ることができる。この拒否権があるため、東西冷戦期、米国とソ連の対立で安保理が機能不全となったことを知る人は多いだろう。冷戦終了後、機能した時期もあったが、中ロが経済力をつけるに従い、欧米との対決姿勢を強めるようになり、再び、動かなくなってきた。 そしてP5の一国が起こしたウクライナ侵攻に対してはなすすべもなかったのだ。

ここから筆を起こし、国連の成り立ちや歴史を説き起こしていけば国際政治の今がみえるのではないか、そういう目的で書かれたのが本書である。

2022年2月のウクライナ侵攻後の安保理での米ロの攻防から始め、侵攻後の国際政治の動きを詳しく追った。さらに国連の成り立ちとその後の歴史、冷戦期から中ロが台頭し「新冷戦」と呼ばれる現在までの動きもカバーしている。国連はだれが何のためにつくり、常任理事国はどのように選ばれたのか、拒否権をどうして設けたのか、大国優先との批判が強い安保理を改革しようという動きはなかったのか。日本が常任理事国になれる可能性はあるのか、本書はこうした疑問に丁寧に答えていると自負している。とくに国連が前身の国際連盟とは無関係ではなく、失敗点から教訓を得ていること、人道・人権活動の伝統を引き継いでいることも可能な限り分かりやすく記した。国際連盟については、篠原初枝氏の「国際連盟」(中公新書)のほかに類書は少ないこともあり、大手予備校から記述部分を模試の教材として使いたいとの申し出があったほどだ。

またP5の力の源泉となっている核兵器と、日本でも懸念が高まっている台湾有事についてはそれぞれ別に章立てし、ウラジーミル・プーチン大統領が核兵器を使う可能性や、台湾有事が起きた場合に国連が動けるのか、日本に戦火が及んだ場合に米国が助けてくれるのかについても分析した。
発刊から1年半が経過したが、ウクライナ侵攻は終わりが見えず、核や中国の脅威も高まるばかりだ。本書で記した全体的な状況に大きな変化はみられない。

国際政治は一方的な見方では全体像がみえない。日本メディアはどうしても力のある英語メディアの論調に引きずられ、欧米寄りの見方になりがちだ。本書をお読みになれば、国連という中立的な場から見た時に国際情勢が思ったよりよく理解できることがお分かりになると思う。激動の時代を導く手引きの一冊にしてもらえればと念願している。

【筆者略歴】小林義久(こばやし・よしひさ) 一般社団法人共同通信社記者、2022年9月より同社盛岡支局長。20年から日本大学で非常勤講師も務める。


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