行楽の秋、食欲の秋。この時季の爽やかな日差しに誘われて、仕事なんかそっちのけで旅行に行きたくなります。ぽかぽか陽気の日中からの朝晩の冷え込みは、お風呂が恋しくもなります。温泉が気持ち良い季節の到来ですね。休日はちょっと遠出をして、秋の夜長に秋の味覚とお湯を楽しむ。この原稿を書きながら、そんな湯旅への妄想が膨らみます。
山あり海あり、かつ米どころの新潟県。肉、海鮮、野菜や山菜、ご飯に日本酒と、味覚を全方向から楽しませてくれるエリアです。実は温泉も多く、その数は全国で3番目。今回は、そんな新潟県北部の海沿いにある「瀬波(せなみ)温泉 大和屋(やまとや)旅館」をご紹介します。
山形県との県境に位置する村上市に湧く瀬波温泉。海沿いに形成された温泉街には、十数軒の旅館やホテルが並び、日本海に沈む夕日がきれいなロケーションです。開湯は明治時代の1904年と、120年ほどの歴史を誇ります。
今回ご紹介する「大和屋旅館」は、瀬波温泉「開湯の宿」。こちらの旅館の初代ご主人が石油掘削を試みたところ、石油ではなく温泉が湧き出し、そこから瀬波温泉の歴史がスタートしたそうです。宿は温泉街の高台に建ち、風情ある街並みと日本海を見下ろせます。
お風呂は男女別の内湯のみ。それぞれ7、8人が入れそうな大きさの湯船が一つのシンプルなつくりです。床は、昭和の時代を感じさせる素朴なタイルが張り巡らされ、長年の源泉の染み込みで、味わい深く色づいたレトロな空間。男湯は「和風な少年」、女湯は「たぬきの信楽焼」の湯口が可愛らしいです。
泉質は、ナトリウム-塩化物泉。源泉温度は90度を超えるため加水こそしていますが、加温・消毒・循環なしの掛け流しで湯船へ提供されます。ほんのり白く濁ったお湯は、石油のような「アブラ臭」と硫黄のブレンドされた濃厚で重たい香り。さすが、石油掘削中に湧き出した温泉です。舐(な)めてみると、薄いみそ汁ぐらいのほど良い塩ダシ味に、石油と硫黄の風味が独特なコクを生み、ブルーチーズを思わせる芳醇(ほうじゅん)な味わいでした。ツルツルスベスベヌルヌルで、キュッキュと引っかかるような肌触りは、成分の濃厚さが感じられ、湯上がりはその感触が肌に乗り移ったかのように、しっとりプルプルになっていました。
美食処の新潟県のお宿ということで、食事もとても楽しみにしていました。
この日の夕食は、村上名物の塩引き鮭に、ヒラマサやエビなどのお刺身、村上牛のステーキ、メガニのみそ汁、地元産のコシヒカリなど。それを一品ずつ出してくれるフルコース方式で、出来たての料理を味わえます。中でも、初めて食べた「コシアブラ(山菜)の天ぷら」は、このために再訪したいと思えるほどの衝撃的なおいしさでした。
涼しくて穏やかな気候は、外に出たくなる気持ちになります。お出かけシーズンともいわれますが、短い秋を感じに遠出をしたいものです。日本海に沈む夕日を眺め、美食に舌鼓を打ち、良質な温泉に身を浸す。行楽の秋、食欲の秋、秋の夜長を堪能できる特別な時間でした。
【瀬波温泉 大和屋旅館】
住所 新潟県村上市瀬波温泉2-5-28
電話番号 0254-53-2175
【泉質】
ナトリウム-塩化物温泉(低張性 アルカリ性 高温泉)/泉温90.1度/pH:8.5/湧出状況:動力/湧出量:不明/加水:あり/加温:なし/循環:なし/消毒:なし ◆掛け流し
【筆者略歴】
小松 歩(こまつ あゆむ) 東京生まれ。温泉ソムリエ(マスター★)、温泉入浴指導員、温泉観光実践士。交通事故の後遺症のリハビリで湯治を体験し、温泉に目覚める(知床での車中、ヒグマに衝突し頚椎骨折)。現在、総入湯数は2,500以上。好きな温泉は草津温泉、古遠部温泉(青森県)。