”本格寿司(すし)のキッチンカー”。全国的にも珍しいこの業態にチャレンジするのは、26歳の若き寿司職人、小林魁(こばやし・かい)さんだ。高校卒業後すぐに複数の寿司屋で修行を重ね、2024年に「鮨(すし)さきがけ」として独立した。江戸前寿司の原点である”屋台”を現代版に置き換えて、キッチンカーでの開業に至ったという。(写真はイメージ)
21年の改正食品衛生法施行により、生ものをキッチンカーで提供できるようになったが、衛生管理も厳しく寿司の事例はまだ少ない。そこで小林さんにお会いした際、開業時のご苦労などを質問してみたが、「特に苦労はなかったです! 公的機関の方たちに相談できたし、設備もDIYが好きなので」と意外な回答をいただいた。ただ小林さんの仕事上のパートナーでもある妻の彩(あや)さんが、「あれは普通、すごく大変だったと言うと思う…」と困った笑顔を浮かべられたのを見ると、やはり一定のハードルはある様子だ。
しかしその甲斐(かい)もあって、希少な本格寿司キッチンカーの話題性は十分。小林さんが開業前から交流サイト(SNS)でコツコツ情報発信されていたこともあって、早くもファンが付いたり、メディアで取り上げられたりと反響があるそうだ。
開業1年目に当たる昨年は東京都内を中心に活動されていたが、今後の目標はキッチンカーの機動力を生かして全国の漁港を巡り、現地の海産物を使ったお寿司を港で提供することだという。昨年12月には富山県の岩瀬漁港でテスト的にイベントを実施。漁師さんたちの協力を得て、富山湾で取れた海産物を江戸前にアレンジした握りコースを地元の方々に提供した。
実は富山県在住の筆者もこのイベントに参加させていただいたのだ。普段は漁師さんや仲買人さんたちの、活気ある声が飛び交う港。それが一転して、子どもから大人までの楽しそうな声と笑顔があふれる温かな空間に変わっていたのが印象的だった。その中心にあるのがキッチンカー。側面に大きく開けられた窓にはカウンターが付いており、小林さんが次々にお寿司を握る様子が見られた。
筆者が各地の漁師さんからお話を伺うなかで、「付加価値」や「魚の背景にあるストーリー」という言葉が増えている。資源や働き手が減るなか、”量から質”へ視点をシフトするために欠かせない要素だが、漁業界だけで実現するのは難しい。だからこそ小林さんのように、まさに同じ場所(漁港)に来て、共に海産物の魅力を高め伝えようというプレーヤーは、とても心強い存在ではないだろうか。
「うちの港で、一緒に企画から作り上げましょう!と受け入れてくださる地域を大募集しています」とおっしゃっていたので、関心のある漁港関係者さんはぜひ、小林さんのSNSに問い合わせをしてみてほしい。日本全国の港に「おいしい!」の声が広がっていきますように。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.5からの転載】