病院のロビーがコンサート会場となり、吹き抜けの天井までソプラノやテノールの歌声が響き渡った——。海外でも活躍する指揮者・大野和士さん(63)が病院や高齢者施設などで行っているボランティアコンサート「大野和士のこころふれあいコンサート2023」(住友生命保険など協賛)が4年ぶりに開催された。
同コンサートは「ふだんコンサート会場に行くことが難しい入院患者や高齢施設入居者らにも音楽に触れる機会を提供したい」とする大野さんが2008年から開催。2020年以降はコロナ禍で中止していたが、今年は神奈川県立こども医療センター(横浜市)、介護老人保健施設熊野ゆうあいホーム(広島県熊野町)、住友病院(大阪市)で開いた。
大野和士さんは現在、東京都交響楽団とブリュッセル・フィルハーモニックで音楽監督を務めるほか、新国立劇場オペラ芸術監督にも就いている。7月15日、指揮者の大野さんがピアノで伴奏し、声楽家たちが歌う住友病院のコンサートを訪ねた。
▽人の声の響き・魅力を伝える
ふだんは初診受付や会計などの窓口がある大阪市北区中之島にある住友病院1階ロビーの待合スペースに椅子を並べ、入院患者や家族、看護師ら病院関係者ら約150人が集まった。クラシックのコンサートだが、題材はオペラが中心。バイオリンやチェロなどの演奏ではなく、オペラをテーマにしたことについて、大野さんは「私たちがふだん、接する音楽は『声』だ。人の声の響き、歌声は生きている証しだといえる」と、歌声を生で聴いてもらい、入院の患者らを励ます考えを説明した。
曲目はヨハン・シュトラウス2世のオペラ「こうもり」や、イタリア・ナポリの歌曲「オー・ソレ・ミオ」、スペインを舞台にした「セビリアの理髪師」、プッチーニの「トゥーランドット」から“誰も寝てはならぬ”といった多くの人が知るオペラを披露。大野さんが場面の解説を交え、世界各国を旅したような気分にさせる演出で聴衆を楽しませた。
▽日本の曲、トークも挿入
登場した声楽家は雨笠佳奈さん(ソプラノ)、濱松孝行さん(テノール)、佐藤寛子さん(メゾ・ソプラノ)、寺本知生さん(バス)の4人。ラストは4人がワイングラス(中身はぶどうジュース)を掲げ、オペラ「椿姫」の“乾杯の歌”で締めくくった。入院患者になじみがある日本の歌「夏の思い出」やアンコール「ふるさと」も含め全9曲のコンサートだった。
大野さんが曲の合間で声楽家たちに「そんな素晴らしい声を出すのは、何を食べているから?」などと質問。「今日はたこ焼き食べました」(雨笠)、「体型を維持するために毎日肉です」(濱松)、「出身が山形なのでコメでできたアルコール(日本酒)」(佐藤)などとトークで会場を沸かせる場面もみられた。
▽車いすから拍手、口ずさむ姿も
会場の入院患者は寝間着姿で手拍子や拍手を送り、楽しんだ様子だった。コンサート終了後、車いすで聴いていた69歳男性は「素晴らしかった」と一言。付き添いの女性も「一緒にコンサート会場に来たようだった」と話した。車いすの80歳女性は、歌に合わせマスク越しに口ずさむ様子が見られた。「高校時代にコーラスでメゾ・ソプラノだったから懐かしく思って聴いた。入院中は寝てばかりなので、1時間だけど、いい気分転換になった」と喜んでいた。
コロナ禍での中止もあったが「こころふれあいコンサート」は15年目を迎えた。大野和士さんは「今回の3カ所は1回目の会場と同じ所で開催した」と話す。「お客さんがコンサート会場に足を運ぶのではなく、こちらが会場を飛び出して聴いていただこうとスタートした。指揮者なのでいつもは後ろを向いているが、今日は客席の方を向いていたので曲ごとに皆さんが笑顔になっていくのがわかった」と手応えを感じたといい、今後も継続して開催することを明らかにした。