顧客自身が給油するセルフのガソリンスタンド(GS)で、従業員が行う給油開始の判断を人工知能(AI)に代行させることを認める制度が近く導入される。ガソリンスタンドを所管する消防庁が一定の条件を満たせばAIの活用を認める方針を決め、関係政省令を改正する予定だ。近年のAI・画像認識技術の向上やガソリンスタンドの人手不足などを踏まえたAI活用の動きで、人員減や後継者難などで廃業が目立つ過疎地のガソリンスタンドの存続支援策の一つとして期待されている。
現在のセルフスタンドは、顧客が給油ノズルのレバーを引けば自動的に給油が開始される、と思われがちだが、レバーを引いただけでは給油は開始されない。給油行為の安全性を目視やモニターで確認するセルフスタンドの従業員が「危険性はない」と判断して給油制御装置(セルフ・サービス・コンソール)の「給油開始ボタン」を押して初めて給油が始まる。消防法上、顧客の給油行為の安全性をセルフスタンドの従業員が確認する必要があるからだ。
関係政省令の改正以後は、このセルフスタンドの従業員が行っている安全確認・給付開始判断の業務を、一定の条件を満たせばAIに代行させることが可能になる。その条件としては、AIが正常に作動しない場合には、従業員が「直ちに」給油開始可否の判断を引き継ぐことができることなど、従業員が直ちに対応できる状態の確保が検討されている。
■社会・防災インフラ
ガソリンスタンドは全国に2万7009店(24年度末、石油連盟統計)ある。約6万店あった約30年前のピーク時から半減している。車の燃費向上・電気自動車の普及に伴うガソリン需要減や後継者難、人手不足などが主な減少要因とされている。
地域のガソリンスタンドは、車や農業機械、暖房などの燃料(ガソリン、軽油、灯油)を提供して地域住民の生活や経済活動を支えるだけでなく、災害時は緊急車両や重機、病院・避難所へ燃料を供給する防災インフラの役割も期待される。
政府の第7次エネルギー基本計画(25年2月閣議決定)は「国民生活や経済活動を支える重要かつ不可欠な社会インフラ」「災害時の最後の砦(とりで)」とガソリンスタンドを位置付け、中小零細企業が多いガソリンスタンドの経営力強化に向けた取り組みを「さまざまな支援施策を通じて後押しする」考えを示している。近年はガソリンスタンド存続のため、公的支援に乗り出す地元市町村も増えている。
■実証実験で合格点
今回の消防庁の関係政省令改正の方針は、学者らで構成する「危険物施設におけるスマート保安等に係る調査検討会」(座長・三宅淳巳横浜国大上席特別教授、9人)が今年3月にまとめた報告書の結論を踏まえたものだ。
報告書は、ENEOSホールディングス(HD)、出光興産、コスモ石油マーケティングの3社が24年10~12月に各グループのセルフスタンドでそれぞれ5日間、給油開始判断を実際にAIに代行させた実証実験の結果を評価。一定の条件を満たせば、AIを活用しても「顧客の給油作業等に係る安全を確保できる運用体制が可能であることが検証された」と結論付けた。

■9割を適切に判断
今年2月にも北海道北広島市のセルフスタンドでAI活用の実証実験を5日間行うなど実験を重ねているコスモグループのコスモ石油マーケティング(東京都)によると、AIが適切に安全確認、給油判断できた顧客の給油行為は9割に上ったという。
同社の担当者は「グループのセルフは約1100店ある。山間部のセルフスタンドなどは人手不足が課題なので、AIを活用してサービスを充実させていきたい。AIの活用が人手不足や後継者難に直面する過疎地のセルフの存続支援策になればと期待している」と話す。
実証実験で浮き彫りになった課題としては「(ガソリン・軽油をポリタンクに入れる行為や火の気の存在などの)顧客の危険な給油行為を検知するAI用カメラが、顧客の赤い服をポリタンクと誤認したり、オートバイのマフラーの熱を危険な火の気と勘違いして、AIが給油開始を判断できなかったりした事例があった。今後は、このような誤検知をなくしてAIが検知対象を適切に判断できるよう、AIの精度を高めていく」と述べた。
また給油時の顧客の姿勢や立ち位置によって車の給油口付近がAI用カメラの死角となって、給油ノズルが給油口にきちんと差し込まれているかを検知することが難しくなることも想定されることから「AIシステムが活用しているセルフスタンドであることを看板などで顧客に周知することも必要になるだろう」としている。
■AI判断の精度を向上
コスモ石油マーケティングが実証実験で使用したAIシステムを開発したのはAIを活用したオンライン本人確認サービスを展開するELEMENTS(エレメンツ、東京都中央区)。同社の画像認識技術を生かしてこのAIシステムを開発したという。
エレメンツの説明によると、このAIシステムは原則、セルフスタンドの既存給油制御装置に画像処理などを行うAI装置とAI用カメラをつなげば稼働させることができるので、比較的設置は容易という。同社は「人手不足に悩む地方のガソリンスタンドにとっても導入メリットの出る価格帯でこのシステムを提供したい」と話す。
最新の実証実験では9割超に達したAI判断の精度については、今後のAIの学習強化で誤検知を減らし「100%近くを目指す」としている。
■フル→セルフ→AI
ガソリンスタンドの歴史を振り返ると、1998年4月にセルフスタンドが解禁されるまで、顧客自らが給油することは保安上の観点から法で禁止されていた。解禁後、セルフスタンドは右肩上がりで増え、現在は1万915店(25年3月末時点、石油連盟統計)に上り、ガソリンスタンド全体の4割を占める。解禁初年度は85店だったので、ガソリンスタンド自体の数が減る中で、セルフスタンドは25年余りで100倍以上に増えた。
従業員が給油するフルスタンドからセルフスタンドへの移行とともに、セルフでのAI活用の普及が、地域の「社会・防災インフラ」とされる過疎地のガソリンスタンドの存続の鍵を握るかもしれない。