社会課題の解決をテーマにしたフォーラムが1月29日、東京都内で開かれた。米学者が2011年提唱した社会課題解決の促進理論「コレクティブ・インパクト」を切り口に、子どもの格差解消に取り組む企業やNPOの代表者ら6人が、解消を加速させる条件や課題を議論した。6人は、NPOや企業、行政など各自の単体活動では解消の成果に限界があるとの認識で一致。「1社、1団体でやる時代ではない」として、同じ志を持つ複数の取り組み主体がお互いの足りない部分を補い合いながら一緒に活動する重要性を強調した。
6人は、三井住友フィナンシャルグループ社会貢献グループ長・大萱亮子さん▽ソニーグループCSRグループ ゼネラルマネジャー・石野正大さん▽NPO法人キッズドア理事長・渡辺由美子さん▽同執行役員・松見幸太郎さん▽特定非営利活動法人放課後NPOアフタースクール代表理事・平岩国泰さん▽ソーシャル・インベストメント・パートナーズ代表理事・鈴木栄さん。
フォーラムはソニーグループと放課後NPOアフタースクールが主催。さまざまな社会課題の解決に取り組むNPOや企業の関係者約100人が参加し、6人の議論に耳を傾けた。
議論の前提としたコレクティブ・インパクトの内容は冒頭、鈴木さんが説明。社会課題の効果的な解決(インパクト)には、複数の取り組み主体が、従来の「協働」(コラボレーション)の体制を超えた、持続的な「集合体」(コレクティブ)の体制を築く必要があり、その成立条件は、共通の目的▽共通の成果測定▽相互補完性▽意思伝達の継続性▽共通事務・調整機能を担う事務局組織の存在―の5つがあるとするコレクティブ・インパクトの要点を解説。議論に入るための”補助線”を引いた。
貧困家庭の子どもの学習支援などを行うキッズドアの渡辺さんは、キッズドアが東京都文京区や運輸会社などと一緒に計7団体で行う、同区内の貧困家庭約700世帯に米などの食品を2カ月に1回、近所にも分からない形で無償配布する「文京区子ども宅食」をコレクティブ・インパクトの成功事例として紹介した。
その上で「この子ども宅食は単に食品を届けるだけではない。配達時の声掛けなどを通じて貧困家庭とつながり、孤立を防ぐことを目指した。つながることで貧困家庭の変化を早く見つけ、窮状にすぐ対応する。貧困から親はうつ病、子どもはヤングケアラー、不登校になることがある。貧困から派生するこれらのさまざまな課題の発生(貧困の重篤化)を防ぐために貧困家庭とつながることが大事。この貧困の重篤化を防ぐという子ども宅食の狙いは、7団体が目指すべき共通目的として合意した」と説明した。
ただそれぞれ組織風土が違う7団体が合意に至るには紆余(うよ)曲折があり「本当に長い時間、議論を重ねた」と舞台裏を明かした。
渡辺さんは「私たち7団体は、こういう社会を目指すという合意点をずっと議論してきた。その合意ができるかどうかが大事。そのため昨年までは各団体代表者の意思決定会議を毎月1回、実務担当者会議を毎月2回開いた。毎年成果測定も行い、私たちが目指すべき社会に向かっているかどうかも7団体で確認する」と述べ、自身の体験に即して、コレクティブ・インパクトの成立条件である、共通の目的、成果測定、意思伝達の継続性などの重要性を説いた。
同じくキッズドアの松見さんは「7団体それぞれに持ち味がある。キッズドアは子どもと保護者の視点を求められた。配布食品の寄付を集める営業力のある団体や食品を確実に貧困家庭に届ける運送会社が参加する。7団体の調整事務をこなせるノウハウを持つ団体も加わっている。この子ども宅食は、企業など参加団体の持つ力がとても大きい」と語り、7団体の相互補完性や共通事務・調整機能を担う事務局組織の充足にも触れた。
子どもの教育格差解消に向けて公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC)と連携して3年間で総額3億円の学習支援を行う三井住友フィナンシャルグループの大萱さんは「家庭の貧困は子どもの教育格差、進学・就職難につながり、子どもが大人になっても貧困から抜け出せない貧困の連鎖を招く。この連鎖をなくすため、未来を切り開くための教育の機会を子どもたちに提供すると社は決めた。しかし、われわれは銀行なので教育分野のプロではない。われわれがやりたいことをすでにやっているNPOさんを探し、CFCと組むことにした」と取り組みの経緯を振り返った。
CFCと組む決め手は「学習塾や習い事(スポーツ・音楽など)に使えるスタディークーポンを給付する支援形式をCFCは採用しているので、われわれが支援したお金が必ず直接、教育の機会提供に使われるという安心、使途限定の仕組みが大きかった」と説明した。今後の課題については「われわれやCFCの地盤以外の地域にも教育の機会を失っているお子さんはいる。われわれの支援が行き届かない地域の自治体と連携することで、われわれの拠点がない地域のお子さんにも支援可能になる。全国の自治体と連携することでCFCの優れた支援モデルを全国に広げるコレクティブ・インパクトの取り組みができれば」と述べた。
子どもの体験格差解消のための「感動体験プログラム」を放課後NPOアフタースクールなどのNPOと組んで展開するソニーグループの石野さんは「ソニーグループは最先端の製品・技術やコンテンツなど多様な強みを持っている。このプログラムはこの強みを生かして、家庭の貧困から派生する体験格差解消に焦点を当てた。特に体験の格差が生じやすい小学生の放課後や地方、離島の子どもたちに向けてプログラミングやミュージカルなどを体験するSTEAM領域のワークショップを、NPOと協力して全国で展開している。プログラムの多くは1拠点で1~2回開催の単発型だが、1拠点で半年間、原則複数のプログラムを提供する長期型もある。長期型では子どもたちの好奇心、想像力などがプログラムで育まれたかどうかを測定する社会的インパクト評価もやっており、良い結果が出ている」と取り組みの成果を強調した。
一方で課題も指摘。「われわれの強みを生かして体験格差に焦点を絞ったが、子どもの教育格差全体にフォーカスを当てきれていない面も否定できない。企業1社でやっていることなのでワークショップの開催回数には限界があり、プログラムをいま以上の規模で展開することは難しい。一緒に取り組む企業仲間をつくらなければならない。各企業それぞれ持ち味が異なり、必ずしも同じことをする必要はない。ただ一歩引いた観点から、どんな社会をつくりたいかという問いを起点に共通項を見つけていきたい」と述べ、コレクティブ・インパクトで求められている集合体づくりの必要性を語った。
現在滋賀県で県や県内企業と一緒に将来の滋賀の担い手となる子どもを育てるプログラム「こどなBASE」などを展開する放課後NPOアフタースクールの平岩さんは、多くの企業や行政と連携してきた自身の長年の経験を踏まえ「社会課題の解決をめぐるNPOと企業の関係は3段階目に入った」との認識を示し、両者の関係の変化を3段階に分けてこう説明した。
「最初の1.0の段階が企業からNPOが寄付をいただく段階。次の段階2.0は企業とNPOの協働や企業のCSR(企業の社会的責任)が主張された時代。ただし企業が社会的責任として社会課題に取り組むといっても本業の外というか脇でやっている感じがあった。3.0の段階に入ったいまは、NPOと企業が共通のアジェンダ(目的)に向かって一緒に取り組むコレクティブ・インパクトの時代。文京区子ども宅食は、3.0時代にふさわしい素晴らしい取り組みだ。3.0の時代はNPO、企業、行政などがもっとつながり、社会解決の大きなインパクト(成果)を出していくことが大事だ」
さらにこの日のフォーラム主催団体の代表として議論の進行を円滑にする「送りバント役」を自認しての登壇だったが、バックスクリーン直撃の特大ホームランのような力強い発言で、社会課題の解決に取り組むNPOや企業の関係者を勇気付けた。
「前の時代(1.0、2.0)はものすごく苦労したが、いまは企業トップの意識が変わってきた。また今の若い人は就職の際、その企業がどういう社会的使命を果たしているのかをすごく気にする時代に入っている。時代の風はずいぶん変わり始めている。もう企業1社、NPO1団体でやる時代ではなくなり始めている息吹を感じる。NPOは多様な企業、団体、人と組める強みがあり、社会の結節点になり得る。子どもの格差解消など共通のアジェンダに関しては、関係者が普段の競争関係から抜け出て、より良い社会を共に創る共創関係に入る世の中になったら素晴らしい。今日がそんな世の中に向かう第一歩になるかもしれない」