この数週間、自民党女性局長の松川るい参院議員に対し、厳しいバッシングが続いている。「雉も鳴かずば撃たれまい」の故事よろしく、エッフェル塔ポーズの写真を自らのSNSに投稿したばかりに、「パンドラの箱が開けられてしまった」(自民国対関係者)。たかが議員の外遊であるが、皮肉にも今では最も知られた“研修旅行”となった。不用意な写真を投稿しなければ、娘を帯同したことなども内密にできた。
コロナ禍が収束し、今年の夏は正副大臣や党幹部、国会議員の外遊がかなり復活した。内閣改造・党役員人事が間近だから、“卒業旅行”を急ぐ者もいる。3年間は外遊を自粛し、リモートなどで代用する方法を見つけたが、「喉元を過ぎれば元の木阿弥」(自民古参秘書)だという。「リモートだったら、後援会紙用の写真が撮れない」(閣僚経験者)こともある。
実際に現地に足を運び、自分の目で見たり、直接議論したりする重要性は認められるものの、それ以前に、そもそも多くの政治家は理屈抜きで外遊が大好きらしい。日本、とりわけ選挙区にいれば、人目を気にしなければならないため、議員にとって外遊は羽を伸ばせる束の間の時間だからかもしれない。
最近はまじめな外遊も増えているが、かつて、そして今でも政治家の海外視察や研修は“慰安旅行”や“懇親旅行”の性格を強く帯びることが多い。そのためか、目的や中身よりも、場所が優先されやすい。その上、準備はもとより、報告書の作成も、省庁や議院事務局に丸投げされるのが一般的である。こうした状況であるため、視察や研修が議員立法にまで発展する確率は想像を裏切らない。
以前、とりわけバブルの時代まではもっとひどかった。外遊に行く前、官房長官や幹事長、派閥の領袖などから餞別(せんべつ)や小遣いをもらうことは珍しくなかったし、現地での行動も実に派手であったし、レストランで大騒ぎをしてひんしゅくを買うこともあった。先輩・同僚議員や支持者への土産に、空港の免税品店でネクタイを何十本も買いあさる光景も“普通”で、大使館員が否応なくその手助けをさせられた。
外国滞在中、政治家は息抜きができるだけでなく、当選回数などのランクに応じ、現地の日本大使館から“便宜供与”もされる。車やホテル、食事の手配はもとより、要人との会談もアテンドしてくれる。そうしたVIP待遇を受けるためか、中には勘違いをして偉そうに振舞う議員もいる。かつて帰国時に税関で手荷物を開けるように言われた某議員が、「この金バッジが見えなのか」と怒鳴りつけたという有名な話も残る。
ノブレス・オブリージュという言葉があり、しばしば高い社会的地位にはそれに見合った義務を伴うという意味で用いられる。何割かはともかくも、研修に公費が充てられ、大使館もそれに協力してくれるようならば、その方々は間違いなく「高い社会的地位」にあるのだろうから、より高い倫理観が求められて当然である。
しかし、そもそも「高い社会的地位」と特権階級は似て非なるもので全く異なる。前者は肩書など客観的な要素で決まるのに対し、後者は本来、周囲の判断や認識で成り立つはずのものである。金バッジを付けていれば「高い社会的地位」を示すかもしれないが、それに伴う見識や行動がなければ、特権階級とは到底見なされない。
対比の失礼を許していただくならば、勘違いした特権階級意識を抱く政治家と対照的なのが、天皇、皇后両陛下の長女・愛子さまである。コロナ禍への配慮から、愛子さまはこれまでもティアラの新調を固辞されてきたが、物価高で苦しむ国民感情を気遣われ、来年度も辞退し、引き続き黒田清子さんのティアラを借り受けられるという。愛子さまこそ周囲が、そして国民全体が認める特権階級にほかならない。
岸田文雄首相は2年前の総裁選に際し、「分断から協調へ」をスローガンにした。だが、政務秘書官としてポカをやらかした長男も、今回の松川議員も、勘違いした特権階級意識で「分断」に拍車をかけたことは否めない。親として、また総裁として、そこは「是が非でも異次元の注意をしなければならない」(野党中堅議員)はずであるが、残念ながらそうした叱咤(しった)は聞こえてこない。
【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。