中小企業の経営者が「そろそろ代替わりが必要かな」と思い立っても、具体的な事業承継・M&Aの作業や意思決定を自分だけで行うのは容易ではない。日常業務に追われる中では、事業承継・M&Aを検討しても、なかなか進まないことが多い。専門的な知識や知見がない場合、誤った判断をしてしまう恐れもある。このため中小企業庁は「まずは早期に身近な支援機関へ相談し、その助言の下で事前準備から始めることが望ましい」と呼び掛けている。
▽準備は早めに
中小企業の事業承継・M&Aを支援する機関には、国が設置する公的な相談窓口の「事業承継・引継ぎ支援センター」のほか、民間では、士業の専門家(税理士、公認会計士、中小企業診断士、弁護士、行政書士など)やM&A専門業者、経営コンサルティング会社、地域の金融機関、商工団体などがある。
このうち支援センターは都道府県ごとに(各道府県に1カ所ずつ、東京都に2カ所)設置されている。支援センターには士業の専門家や金融機関OBといった専門家が在籍し、相談者をサポートしている。アドバイザーの人件費は国費で賄われ、相談などの費用は原則無料。他の支援機関とも連携しながら「そもそも誰に引き継いだらいいのか」「費用はどのくらいかかるのか」といった入り口の相談から、事業承継・M&Aの成約に至るまで、幅広く、必要に応じて継続的にサポートしてくれる。支援センター以外の民間支援機関を使ってM&Aなどを行う場合にも、「セカンドオピニオン」の提供機関として活用できる。
支援センターへの相談は2017年度に8526件だったが、23年度には2万3722件まで増加。センターを通じた事業引き継ぎ件数も17年度の687件が23年度には2023件(13-23年度の累計は1万174件)に増えている。M&Aプラットフォーマー3者とも連携し、そのプラットフォーム上に累計3000件を超すセンター関係情報を掲載している。
事業承継・M&Aには通常5~10年の準備期間を要するため、経営者の高齢化を踏まえると「早めの準備、計画的な取り組みが肝要になる」(中企庁)といい、事前の準備段階から、ステージやケースに応じた支援策が用意されている。
準備段階では、中小企業経営者に承継の必要性に「気付く」機会を提供するため、地域金融機関や商工団体などによる「事業承継診断」が受けられる。このほか「ローカルベンチマーク」(会社の経営状況の確認・分析)、「経営デザインシート」といったツールを使って自己診断もできる。
実施段階に入ると、一定の要件を満たせば相続税・贈与税の納税が猶予される「事業承継税制」などを活用しながら、株式・事業用資産の相続・贈与が進められる。また、会社法に所在不明株主に関する特例が設けられ、できるだけ自社株式を分散させないよう、株式取得の手続期間が5年から1年に短縮されている。株式を後継者に集約できるよう、民法に遺留分の特例も設けられた。
従業員承継では、融資やファンドを使った株式などの買い取りもあり得る。事業承継の障害になる「経営者保証」の解除を促す対策も、国が実施している。
こうした承継作業と並行して、後継者の育成支援も受けられる。中小企業大学校に後継者研修制度が設けられているほか、39歳以下の中小企業の後継予定者を対象に、既存の経営資源などを生かした新規ビジネスプランを競うピッチコンテスト「アトツギ甲子園」が開催されている。
▽M&A支援拡充
第三者承継(M&A)では、マッチングからデューデリジェンス(買収監査)、売買交渉、譲渡終了まで、作業が多岐にわたり、専門の民間支援機関に依頼が必要な案件が多くなる。
このため中企庁は「事業承継・引継ぎ補助金」により、M&A時の専門家による仲介業務やデューデリジェンスなどに要した費用などを補助しており、これまでに2500件以上を採択した。補助対象は、中小企業が安心してM&Aに取り組めるよう、国が21年に創設した「M&A支援機関登録制度」(登録支援機関データベース)の登録支援機関が行う業務に限られている。24年7月末時点で2766機関(法人2083、個人事業主683)が登録されている。
単独のM&Aよりも高い成長が見込める、中堅・中小企業のグループ化への支援も強化されている。24年5月に成立した改正産業競争力強化法により、簿外債務や経営統合の減損リスクに対処する準備金に拡充枠が設けられた。日本政策金融公庫は「事業承継・集約・活性化支援資金」の融資限度額などを拡充し、国の政策実施機関である中小企業投資育成株式会社(東京、名古屋、大阪の3社)も共同出資によりグループ化を進める買収会社を支援する。
中企庁財務課の石澤義治課長補佐(当時、現・経済産業省通商政策局政策企画委員)は「事業承継・M&Aの支援策はこれまでに、やれることはかなりやってきていると思うが、まだ十分に知られておらず、支援が必要な中小企業の経営者が各種の施策を使い切るまでに至っていない。例えば『経営者が補助金に詳しいか?』と言ったら、一般に詳しくはないので、まずは入り口として事業承継・引継ぎ支援センターなどを利用してもらえればと思うが、リソースにも限りがある。このため地域の民間支援機関などに幅広く周知し、その伴走を受けながら、より多くの経営者が制度を活用できるようにしていく必要がある」と話している。