DHCPという言葉を聞いたことがありますか? 「Dynamic Host Configuration Protocol」の略で、IPアドレスを自動配付するための規約です。具体的にはDHCPの規約に従って動作するDHCPサーバーというコンピューターを設置して(家庭用では、この機能をよくルーターが兼ねています)、IPアドレスを要求するPCやスマホにIPアドレスを貸し出します。
IPアドレスはよく「インターネット上の住所」などと表現されます。インターネットに参加するコンピューターにとっては必須情報(電話における電話番号くらい重要)なので、必ず設定しなければなりません。未設定や設定ミスがあると通信できません。
一方でIPアドレスの設定は、慣れない人には難しい側面があります。また、「住所」という表現からも分かるように、ネットワーク間を移動すると番号が変わるため一度設定すればいいわけでもありません。会社では会社のIPアドレスを使いますし、自宅では自宅のIPアドレスを使います。
これをいちいち設定したり変更したりするのは面倒ですし、ミスが発生する余地も大きくなります。そこで自動配付するための仕組みが用意されました。それがDHCPです。
例えば自分のPCは「IPアドレスを貸して!」と頼む側なので、「DHCPクライアント」の役割を果たします。あるネットワークに参加するとき、DHCPサーバーにIPアドレスを要求するわけです。すると、DHCPサーバーはこの求めに応じて、利用可能なIPアドレスの情報を送ってくれます。それを受け取ったDHCPクライアント(自分のPC)は、自らにIPアドレスを設定し、無事に通信可能な状態に至ります。
これはとても便利な仕組みでした。
元はといえば、自分自身に情報(IPアドレスなど)を保存しておけない安価な機器向けの仕組みだったのですが、IPアドレスを自分のPCに設定するのが不得手な利用者にも、IPアドレスの管理に忙殺される管理者にも大喜びで迎えられました。
とても普及したので、IPアドレスを貸し出す以外の用途にも使われるようになりました。デフォルトゲートウエイ[自分のいるネットワーク(内部)から、インターネット(外部)に通信を送り出してくれる中継器]や、DNSサーバー(IPアドレスの仕組みを知らなくても、www.kyodo.co.jpなどといった分かりやすいアドレス(ドメイン名)でインターネットと通信できるサービス)の情報も自動的に設定できるようになったのです。インターネット利用は格段に便利になりました。
副産物も生みました。IPアドレスは有限で、アドレスが足りないと叫ばれていた時代がありました。従来の考え方ではPCには固定のIPアドレスを割り当てるものでしたが、それだと台数分のIPアドレスが必要になってしまいます。
DHCPを使えば電源をONにしたときにIPアドレスを貸し出し、OFFにするときに返却してもらえるので、IPアドレスを効率的に使えるようにもなったのです。アドレス枯渇問題が顕在化したときの急場しのぎには非常に役立ちました。
もっとも、便利なものにはリスクもついてまわります。インターネットの商用利用解禁時期に作られた古い規格のため、お世辞にもセキュリティーが強靱(きょうじん)だとは言えません。規約の中にも、「セキュリティー不足だ」とわざわざ書いてあるのです。安価なマシンのメンテ用に作ったので、コストをかけてセキュリティー機能をつける理由に乏しかったのです。従って、悪意のあるサーバーが不正なIPアドレスを送ってきたり、悪意のあるクライアントが権利もないのにIPアドレスを要求してきたりすることもあります。
もしご自宅のルーターでDHCP機能が動いていたら、一度どんなクライアントにIPアドレスを貸し出しているか、設定画面から確かめてみてください。
【著者略歴】
岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/政策文化総合研究所所長。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」「プログラミング/システム」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」「Web3とは何か」(光文社新書)など。