地球環境を保護するために、温室効果ガス削減や脱プラスチックといった企業による取り組みが広がっている。「水と生きる」をコーポレートメッセージに掲げるサントリー(東京)は、工場での節水などのほか「水源を守る」をサステナブル方針として、森林整備活動「天然水の森」を全国展開している。
飲料メーカーのサントリーは「いい水がなければ、酒類も清涼飲料もつくることはできない」として「良質な水=サントリーの生命線」と位置付ける。「サントリー 天然水の森」事業は、2003年に熊本県・阿蘇でスタートし、23年に20周年を迎えた。工場がある地域周辺の森を国や県・市町村などと協定を結び「工場でくみ上げる量の2倍の水を育む」を目標に全国15都府県、22カ所で約1万2000ヘクタールの森で活動を続けている。
▽「ふかふかの土」
「天然水の森」について、担当するサステナビリティ経営推進本部の市田智之課長は「ボランティア活動でなく、サントリーの基幹事業の一つだ」と強調する。キーワードは「ふかふかの土」だという。「ふかふかの土」に降った雨が、保水、浸透、浄化され、清らかな水になるとの考えだ。手入れされていない森は「日光が届かない」→「下草が生えない」→「微生物やミミズなど土壌生物が育たない」といった悪循環になることから間伐などの手入れが不可欠だ。
▽オオタカも生息
「ふかふかの土」によって、生き物たちの餌が生まれ、健全な生態系が維持されるという。市田さんは「土から下だけでなく、上も大事」と話す。森の木にはさまざまな鳥類が巣を作り「すみか」にする。「天然水の森」では、「ワシ・タカ子育て支援プロジェクト」を実施。フクロウの巣箱を設置するほか、希少な猛禽(もうきん)類として知られるオオタカが育つように樹木を整備するのも目的だ。
こうした取り組みによって、これまでにオオタカやクマタカ、ハヤブサ、フクロウなど8種の猛禽類営巣を延べ103回確認したという。その他の鳥も含め、絶滅危惧種リスト(レッドリスト)を含む137種が森で生息するようになった。
▽水源涵養
市田さんは「森に雨が降り、土壌で浄化されながら地下に染み込み、深層地下水となってくみ上げる循環には約20年かかる」と説明する。その過程で重要となるキーワードが「涵養(かんよう)」だ。地下水をくみ上げるためには、より多くの地下水が雨などによって染み込んで地下にたまる必要がある。
サントリーは「天然水の森」活動によって、水が地下に染み込んで地下水となる「水源涵養」について、2019年に「国内工場でくみ上げる地下水量の2倍以上を達成した」としている。
▽鹿が大敵
順調に取り組みが進んでいるように思えるが、市田さんは「大雨で斜面が崩れてしまうこともあり、自然相手なので思った通りにはならない」と打ち明ける。もう一つ悩ましいのが鹿だという。
最近、日本各地で熊や鹿による農作物などへの被害が増えていることが問題となっているが、「天然水の森」でも鹿が下草などを食い荒らし、森が想定通りに育っていかないことが大きな課題になっている。「柵を作って、中の植物を守るように対策しているが、完全には防げない」と話す。
▽「自然共生サイト」
22年に開かれた国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で、30年までに世界の陸と海の少なくとも30%を保全することが採択された。日本は、企業や民間団体の適切な管理で生態系が守られ、希少な動植物が生息する山林などを認定する「自然共生サイト」という制度を環境省が実施。サントリーは23年度、東京都あきる野市のほか、栃木、静岡、滋賀、兵庫各県の計5カ所で認定を受けた。将来的には「天然水の森」22カ所すべての登録を目指している。
▽ウオーター・ポジティブ
サントリーは国内だけでなく、海外でも水源保全活動に乗り出している。その一つがスコットランド泥炭地の復元だ。泥炭(ピート)はスコッチウイスキーづくりには欠かせない。
生物多様性が失われる現状を止め、回復軌道に乗せる「ネーチャー・ポジティブ」という概念が広がっている。サントリーは「ウオーター・ポジティブ」を目指して、今後も「天然水の森」活動を続ける考えだ。直接結び付きそうにない組み合わせの「オオタカと飲料」だが、水源保全活動によって良質なビールやウイスキーなどの飲料づくりが期待できそうだ。