新たな1万円札の肖像に選ばれ、一躍「時の人」になった実業家・渋沢栄一。亡くなるまでに約500社の企業創設や経営に携わり、「日本の資本主義の父」とも呼ばれる。そんな渋沢が設立に関与した一つに、東京商工会議所がある。以降、全国各地に商工会議所が設置され、「中小企業の活力強化」と「地域経済の活性化」を掲げ、現在も多様な活動を展開している。各地域の商工会議所の上部団体は、日本商工会議所だ。
東海エリアには、1881(明治14)年創立の名古屋商工会議所(会頭嶋尾正・大同特殊鋼相談役)がある。同商工会議所はこのほど、愛知、岐阜、三重各県の中小企業を対象に、生産性向上に優れた取り組みを進める事業者を顕彰する「NAGOYA DX・生産性向上アワード」を創設した。名古屋商工会議所の副会頭でありDX・生産性向上委員会の委員長を務める加留部淳氏(トヨタ自動車アドバイザー)らに狙いなどを聞いた。表彰式は来年2月17日に開く。
▼好循環が生まれる可能性
「NAGOYA DX・生産性向上アワード」は、愛知、岐阜、三重各県に本社がある中小企業(資本金3億円以下)を対象に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用や現場でのさまざまな工夫・改善などにより、生産性向上につながった企業の成功例を集め、他社の経営の参考にしてもらうという。応募は8月26日正午までで、表彰企業を5社選出し、うち1社を最優秀賞とする。選考委員長は、名古屋大学大学院の経済学研究科の犬塚篤教授が務める。応募事例はDX関連以外でも受け付ける。
名古屋商工会議所の加留部副会頭は「全国各地の企業で人手不足が大きな課題になってきている」と指摘した上で、その解消のために「多様な機器を通信でつなぐモノのインターネット(IoT)を含めたデジタルテクノロジーなど活用したり、現場の作業をより効率化する工夫をしたりするなど中小企業の経営者の方々が、悩みながら取り組まれている」と現状を語った。
「今回のアワード創設によって、他社の取り組みの事例を知っていただき、自社でも応用することで、経営者のみなさんに勇気を持って、課題に立ち向かっていただきたい」と呼びかけた。さらに、生産性向上に関連し、次のような好循環が生まれる可能性を強調。「たとえば、現場の作業で事故が起きないよう幾重にもチェックしている部分について、人工知能(AI)などを活用することで、人手がこれまでと比べかからなくする」→「この取り組みを進めると、従業員の安全性が確保された職場づくりにつながる」→「従業員にはこの職場は働きやすい環境だと認識してもらえる」→「安全で働きやすい職場となれば、新規の社員の応募が増える可能性が高まる」。
加留部副会頭は「中小企業のトップの方々は、その会社の事業の隅々まで熟知されている。ただ、DXに関しては、デジタルに強い比較的若い世代の方がよく知っていることが多い。ですので、彼ら彼女から教わるぐらいの気持ちで、経営トップの方々がリーダーシップを発揮していただきたい」と話した。
▼「学ぶことの大切さ」
コロナ禍を経た多くの中小企業にとって、経営環境は厳しさを増している。伸び悩む売上高、円安による輸入物価の上昇、賃上げのプレッシャー、容易ではない価格転嫁など、いくつもの要因が立ちはだかるからだ。
選考委員長で、経営学が専門の犬塚教授は今回のアワードの狙いについて「コロナ禍を乗り越えてこられた多くの中小企業にとっては、今後の成長を見据えれば、時代の流れに応じた変革が迫られている」と話す。ただ、「自分たちがどのように変わっていけばよいのか、自問自答されているオーナーの方々も多いので、アワードに集まった他社の事例を参考にしていただき、変わるきっかけにつなげていただきたい」と期待感を示した。
犬塚教授は生産性向上には「企業の経営者さんたちが、同業他社をはじめ業界の垣根を越えた取り組み事例を学ぶことが大切なことだ」と指摘。「中小企業の経営者の方々は、それまでの経験則で(問題が起きた場合でも)うまく乗り切ってしまうケースが多く、残念ながら、他社から学ぶという姿勢があまりないように感じる」と述べ、学びの必要性を強調した。
NAGOYA DX・生産性向上アワードの募集は、8月26日(月)正午まで受け付けている。