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「書評」『どうする中山間直接支払制度 迷走から未来へ』農村振興政策の教科書 共同通信アグリラボ

 スイスなど中山間直接支払い制度の「元祖」を取材すると、多くの農家が「政府から補助金は一切受けていない」と胸を張る。彼らの所得の大部分は公費で補われているが、条件が不利な地域で営農を継続するための「補償」であって、「補助」ではないという理屈だ。制度の成り立ち上、かれらの説明は正しい。納税者も理解している。

 しかし日本で2000年度に発足した中山間地域等直接支払制度は、当初の5年(第1期)こそ、使途を制限しない「補償」としての性格が強かったが、その後はさまざまな「加算金」で政策誘導を図るなど改変を重ね、現行制度は極めて難解で、納税者のほとんど、特に都市住民はその存在さえ知らないだろう。

 『どうする中山間直接支払制度 迷走から未来へ』は、制度の全体像や歴史的な経緯を理解できる待望の「教科書」だ。特に第1部「原点」は、制度の成立の背景となった世界貿易機関(WTO)協定から説き起こし、入門者にもわかりやすい。著者の小田切徳美・明治大教授と橋口卓也・同教授は、農山村政策を専門とする研究者で、中山間直接支払い制度の発足や運用にも関わってきた。第2部「展開」は制度の変質を説明する。

 第3部「迷走」は、教科書的な性格から一転、24年に農水省が突然打ち出した「集落機能強化加算廃止」の告発だ。農水省には中山間支払い制度の設計や運用を客観的に評価・監視するために第三者委員会が設置されている。同委員会は廃止を疑問視、営農ボランティアの受け入れ、高齢者の移動支援、配食サービス、除雪支援などに使われてきた集落機能強化加算の意義を訴えた。

 著者の橋口教授は第三者委の委員でもあり、農水省の対応を「掌(てのひら)返し」「一種のいじめ」「委員会の軽視、無視」「無礼な作法」と批判、「21世紀の先進国の行政とは思えない暴走に終始した」と断じる。門外漢からみれば「コップの中の嵐」としか見えなかった農水省と委員会の対立の本質が浮き彫りにされる。

 この紛糾は一般にはほとんど報道されず、全国紙も「委員会軽視(無視)」という行政手続き上の問題として単発的に報じただけだ。関心は広がらず納税者や都市住民の共感を得たとは言えない。しかし、少子高齢化、耕作放棄・荒廃農地の問題や人材不足は、中山間地域だけの問題ではない。マンションの老朽化や空き家問題、自治会の崩壊など都市の課題とも共通項がある。

 なぜ集落機能強化加算は必要なのか。その共感を得るには、農水省を告発するだけではまったく不十分だ。納税者の理解が不可欠であり、都市住民こそ本書の読者の中核であってほしいと願う。本書は農山漁村文化協会(農文協)から発行された。税込み1870円。

(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)


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