「LPWA」は最近ビジネスの現場でもよく耳にする言葉です。Low Power Wide Areaの略語で、省電力長距離通信を意味します。一般的に、短い距離しか電波を届けないのであれば小電力で済みますし、長い距離を届けようとすると大電力を要求されます。例えば、身近な場面でよく利用するBluetoothは短距離小電力通信の代表例です。PAN(パーソナル・エリア・ネットワーク)に分類される技術で、主たる用途はパソコンやスマホとその周辺機器(マウスやイヤホンなど)を結ぶことです。
長距離を比較的省電力で…というのは矛盾した要求なのですが、近年の情報環境の変化からニーズが高まっています。例えば、IoTのブームがありました。この構想のもとではあらゆる機器がインターネットへの接続対象になり得ますが、とりわけ期待されているのがセンサー類です。今までは金銭的コスト、工数的コストの面でセンシングの対象にならなかった諸相が、センサーの小型化とインターネット接続の恩恵を得て、情報収集・分析が可能になるわけです。農業や林業、漁業においてイノベーションが起こるのではと期待されています。
ここで問題になるのは大量かつ広域にばらまいたセンサーからどう情報を回収するかです。USBメモリーやSDカードを使ってそれを歩いて回って回収する、などというやり方は現実的ではありません。有線通信も敷設コストや維持コストが大変です。そこで無線通信に目が行くのは道理です。
ただしこの場合、情報を送り出す母体になるのは小さなセンサーですから、使える電力量には限りがあります。また、センサー一つ一つの手厚いメンテナンスができないことも絶対条件です。バッテリー交換などでいちいち人手をかけるわけにはいかないので、省エネへの要求は厳しいものになります。
一方で伝送速度や伝送容量は小さくて構いません。センサーで取得したデータは、高精細な動画などに比べれば小規模だからです。そのため、高速大容量を軸に進化してきたWi-Fiなどとは毛色の違う技術でいいわけです。先ほど言及したBluetoothには省電力モードがあるので、この用途での活用に期待が高まったこともありましたが、長距離通信ができないのがネックです。データ回収のために通信のハブとなる中継装置などを田畑や公海にばらまくのであればコストは下がりません。
そこで勃興したのがLPWA分野で、さまざまな企業がしのぎを削っています。LoRaWAN、Sigfoxといった方式は、耳にしたことがある方も多いと思います。これらは数百kbpsの通信速度(低速)、数十キロの通信範囲(長距離)を持ち、電池による電源供給だけで数年から十数年間、稼働し続けます。
今は農業などでの利用が先行していますが、害虫・害獣の監視や、オーバーツーリズムの抑制、ゴミのスマート収集、公衆衛生の向上まで多様な分野でイノベーションが起こることが期待されています。すでに取り組み実績のある災害の早期検知などもさらに高い確度で行うことが可能になります。
今までは設置することができなかった場所に、高い密度でセンサーを設置できるため、社会や顧客をより精密に把握したり、より魅力的なサービスを提供したりできるようになるでしょう。
【著者略歴】
岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/政策文化総合研究所所長。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」「プログラミング/システム」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」「Web3とは何か」(光文社新書)など。