窓やベランダからの転落や送迎用バスの置き去りなど、小さな子どもが犠牲となる痛ましい死亡事故が近年目立っている。国など行政は転落への注意喚起を行い、置き去り防止装置の設置を義務付けるなどの対応を打ち出したが、転落や置き去りは過去皆無ではないだけに「防げた事故」と悔しがる人は少なくない。
「子どもたちの安全・安心」への貢献を使命の一つに掲げるNPO法人キッズデザイン協議会(東京都港区)の高橋義則理事はその一人だ。「事故防止に役立つ日本企業の技術、製品が活用されずに埋もれたことは残念だ」と口惜しがる。あらためて子どもを大切にする視点を社会に浸透させる必要性を痛感する。
キッズデザイン協議会は、すでに17年間の活動歴がある。発足は2006年。6歳男児が自動回転ドアに挟まれて死亡した事故が活動のきっかけとなった。不慮の事故で亡くなる子どもの数をゼロにしようと、ものづくりに関わる大手企業らが会員となり立ち上げた。経済産業省の協力も得て、事故情報を収集して製品製造に反映させる仕組みづくりから始め、徐々に活動の輪を広げていった。
活動の枠組みとしては当初から、単なる製品の安全性向上という狭い枠にとどまらず、子どもたちの創造性や子育て環境の向上も目指す、射程の広い大きな理念を会の土台に据えた。産業活動の場面だけでなく、あらゆる場面で子どもを大切にする社会を追求する。それがキッズデザインという考え方だ。
その姿勢は「キッズデザイン」という名称によく表れている。デザインという言葉には、商品の色・形・装飾の考案や製品設計だけでなく、あるべき社会の構想やその構想実現への取り組みの意味も込めた。
こうした大きな理念でキッズデザイン協議会が展開している事業の一つが、子どもの事故を防ぐための安全性や子どもの創造性、子育て環境の向上に貢献する製品、アプリケーション・サービス、建築・空間、活動、調査研究をたたえる顕彰事業「キッズデザイン賞」だ。今年17回目を迎え、4千点近くの優れた受賞製品・アプリケーション・サービス・建築・活動・調査研究などをこれまで世に知らしめてきた。
例えば、開閉で生じる隙間を狭くして子どもの指挟み防止を工夫したドアや、子どもがかじったり飲み込んだりした場合の安全性を考慮して開発した、国産米ぬかから採れるライスワックスを主成分にしたペン、育児・家事に役立つ支援アプリ、保護者が保育士らと交流できる空間設計、子どもたちの科学する力・発想力・表現力を育てる教育プログラムなど、さまざまなモノ・コトが受賞している。
高橋理事は「キッズデザイン協議会発足当初、子どもの事故を防ぐ完全対策を施した製品はあるにはあったが、その情報が消費者に行き渡らない。またその安全性の水準もさまざまで、子どものいる保護者などの消費者が商品選択の参考になる目安はなかった」と賞創設当時を振り返る。
年齢や障害の有無などにかかわらず、できるだけ多くの人の利用を考えて製品や社会をデザインする(=つくる)アメリカ発祥の「ユニバーサルデザイン」という取り組み・考え方はあったが、日本では「どちらかというと障害者に焦点を当てた取り組みとして進行した」(高橋理事)という。子どもを前面に打ち出したキッズデザインの考え方は「屋上屋を重ねる」ことにはならなかった。むしろキッズデザインの取り組み推進が、ユニバーサルデザインの活動を後押しする「小が大を兼ねる」意外な好循環を生んだ。
高橋理事が挙げた好循環の一例は、第12回キッズデザイン賞で内閣総理大臣賞を受賞した、一定の加重がかかると自動的に開き、かつ子どもが独りで開閉操作できるように改良したファスナー。独りで服を着る達成感を通じて子どもの自立性を促す効果が期待できるほか、閉じていても子どもの衣服が遊具に引っ掛かった際などにファスナーが開く安全機能を備える。子どもの指の力、大きさなどに配慮して開発したこのファスナーが、体が不自由な障害者、指先の力が弱くなったお年寄りらにとっても安全・快適・便利であることはいうまでもない。
「子どものことを考えて開発製造したモノ・サービスは、障害者や高齢者はもちろん、多くの人にとっても安全で使いやすく快適なものになる可能性を秘めている。子どものことを起点・入り口にしたわれわれの“キッズアプローチ”は、子どもの数が減っているとはいえ、高齢者や障害者のためにもなる可能性を踏まえれば、企業側にとっても入りやすい入り口になるのではないか。われわれの活動は、誰一人取り残さないという理念を掲げる国連のSDGs(持続可能な開発目標)の実現にも寄与できる親和性もある。これまで関係の薄かった飲食業界やアパレル業界などの皆さんとも一緒に、子ども目線から商品・サービスの安全性・快適性・利便性などの水準を底上げする取り組みを推進し、誰にとっても暮らしやすい、安全安心な、よりよい社会を築いていきたい」と高橋理事は語る。
子どもを大切に思う視点から始まる、よりよい社会づくりに向けた大きな武器になるのが17年間の活動で蓄積してきた事故データと専門的知見だ。キッズデザイン協議会は、キッズデザイン賞という「顕彰事業」だけでなく、事故データを分析したり、子どもの人体構造に着目した人間工学的なアプローチを手助けしたりする「調査研究事業」というもう一つの大きな柱がある、と高橋理事は指摘し、その重要性をこう説明する。
「事故情報は医療機関などの協力を得て、およそ3万件蓄積した。このデータの分析結果を企業に提供し、子どもにとって安全な製品づくりに役立ててもらっている。子どもを対象にした人間工学上の知見をまとめた冊子も発行した。子どものために安全な商品を製造する設計には厳密なデータが欠かせない」
この調査研究事業からさらに大きな成果が生まれた。キッズデザイン協議会でまとめた製品設計開発の安全指針「キッズデザインガイドライン―安全性のガイドライン」を基にしたものが17年に、日本産業標準調査会の「日本産業規格(JIS)Z8150子どもの安全性―設計・開発のための一般原則」として発行された。
高橋理事は「NPOが定めたガイドラインがJISレベルの一般原則になった例はあまり聞かない。われわれの地道な調査研究活動が評価された」と胸を張る。この一般原則を参考にしたものづくりが現在よりさらに広がれば「いたいけな子どもが犠牲となる事故はもっと減る」と信じている。
17年間の活動でキッズデザインという考え方が普及し、JIS一般原則の策定に寄与するなど数々の成果を上げてきたキッズデザイン協議会は、次のステップに向かう跳躍台にいま立っているという。安好寿也専務理事は「生成AIなど技術の進歩に伴い子どもたちを取り巻く環境は複雑化している。今後は、事故防止以外にもわれわれには子どもに関わる多くの役割が求められるだろう。会員の皆さんとしっかり議論し、われわれに期待される新たな時代の課題にも果敢に取り組んでいきたい」と語る。
キッズデザインの考え方は当初から海外展開も視野に入れていた。キッズデザイン協議会のアドバイザーでもある経済産業省は、キッズデザイン賞などを受賞した子どものことを考えて工夫した日本の商品・サービスは、海外市場を開拓する可能性があるとして海外進出を呼び掛けている。高橋理事によると、キッズデザインという考え方を明確に打ち出している例は海外ではあまり見られないという。
キッズデザイン協議会は現在、キッズデザインの国際標準化も目指し、国際標準化機構(ISO)に提案する規格原案の策定に参画している。高橋理事は「各国の事情を踏まえた規格内容を練り上げなければならず、われわれのキッズデザインの取り組み、基準を国際標準とする道のりは平たんではない。われわれが定めた基準が国際標準となるには3、4年かかるかもしれないが、挑戦していきたい」と意気込んでいる。