オランダ船リーフデ号が大分県の海岸に漂着したのは1600年春。乗船者のイギリス人ウィリアム・アダムス、オランダ人ヤン・ヨーステンは、同年夏の関ケ原の戦いを制した徳川家康の外交顧問に就任、鎖国下の日本に西洋文明を伝えた―。こうして始まった日蘭交流の歴史に新たなページを刻みそうな動きが、高知県の産業機械メーカー技研製作所(高知市)から先日発表された。
技研製作所の欧州子会社「技研ヨーロッパ」が、オランダの世界遺産「アムステルダムの環状運河地域」の護岸改修工事を、地元企業と組み本格的に請け負うことになったのだ。
発注者のアムステルダム市は、レンガ造りの家並みと緑の並木が続く運河沿いの美観を損なわずに護岸を改修する技研製作所の「独自工法」を高く評価した、という。護岸改修工事は試行段階を含めていくつかの段階に分かれて発注されており、現段階で技研ヨーロッパの工事チームは長さ3.3キロ分の護岸改修工事の受注を確定した。
16〜17世紀に形成されたオランダ運河の歴史的美観は、16世紀にカトリックのスペイン(ハプスブルグ家)王国から独立し、進取の気性に富むプロテスタントの港湾都市として繁栄したオランダの誇りだ。この歴史的美観を維持しながら周辺環境への影響を抑えるハードルの高い発注条件だったが、技研製作所の独自工法はこれを乗り越えた。
技研製作所は、開発した独自工法を「圧入工法」と名付けた。一般的な護岸改修工事は、土砂の崩壊を防ぐ仮設工事をして既存の護岸を撤去するが、その分工事は大掛かりとなり、騒音、振動、通行止めなど周辺生活環境への影響が懸念される。
一方、圧入工法は既存護岸の撤去、仮設工事は共に不要。運河沿いの樹木を1本も切らずに、騒音、振動も最小限にして護岸を改修できる、という。
圧入工法の生みの親は、技研製作所創業者の北村精男さん(83)。北村さんが若かったころの工事で杭を引き抜く際、「地中の土が杭にまとわりつき容易に引き抜けない」ことに気付き、この原理を発見する。北村さんは、新しい杭を地中に押し込む際の“反力”として使う圧入原理に基づく機械の開発を構想する。その機械は「新たな杭」を油圧の荷重で地中に静かに押し込むと同時に、新しく埋める杭の近くに、すでに埋まっている既存の杭や矢板をつかんで押し込む反力(踏ん張り力)として利用する。
人間で例えれば、大地に両足を開き短距離走者が履く突起ピンの付いたスパイクで土をしっかりつかんで踏ん張り、両手で杭を静かに地中に押し込むようなイメージだ。大地に張り付いた両足が「踏ん張り力」(反力)となって杭を押し込む力として作用する。
北村さんは、圧入工法を実現する機械「サイレントパイラー」を苦労の末、1975年7月に開発する。杭打ちに伴う「建設公害」(振動・騒音など)をなくす一念で奮起した。当時の建設業者が使っていた杭打ち用の機械は、杭をたたいて地中に埋める「打撃式」や杭を揺すって埋め込む「振動式」のいずれかしかなかったという。
サイレントパイラーは、地中の既存杭をつかんで、新たな杭を静かに押し込む構造、形状だ。既存の杭をつかんで、新杭の「押し込み力」を高めることができる。このため、機械をそれほど大きくする必要がなく、従来の杭打ち用機械より軽量化、小型化を実現できた。工事現場で機械が占める空間は減り、工事中の通行止めの範囲を最小化することがより容易になったという。
今回オランダの運河改修工事現場では、改良を重ねて進化したサイレントパイラーの最新型が活躍する。既存杭や押し込んだばかりの完成杭の上をサイレントパイラーが移動し、つかむ既存杭・完成杭を一つずつ変えながら一歩一歩前に進み、新たな杭を次々と押し込んでいく。新たな杭を押し込む先端部分には回転機能を付加し、硬い地盤でも押し込みやすくしている。技研製作所によると、運河護岸の杭の上を走る最新のサイレントパイラーの静かな雄姿に、オランダの現地住民は感嘆しているという。
運河の改修工事はまだ200キロに及ぶ区間が未着手だ。アムステルダム市がサイレントパイラーを使う圧入工法を、未着手区間の「標準工法」に採用すれば、高知で生まれた圧入工法が、多くの同業者が体験することによって欧州に広く浸透する可能性がある。技研製作所は「圧力工法が広がることで当社の機械の販売、レンタルの拡大が期待できる」と海外市場拡大を見据える。