【コラム】eスポーツが上手だと、現実のスポーツも上手らしい

 基本的に仮想空間で生きている。

 初めてマイコンを手に入れた9歳の夏からそうだった。ちょっと前、ライトノベルやコミックは異世界転生もの一色だったけれど、ああした作品群を読まなくてもPCの電源を入れ、ログイン(という概念はまだなかった)すれば、いつだって現実とは違う世界に行けた。

 だから肉体にはあまり思い入れがない。

 からだを鍛えたり、適切にメンテナンスしたりしても、仮想空間ではあまり意味がないからだ。筋肉をつけてゲームが上手になったり、便通がいいから良いプログラムが書けるというものではない。

 どう考えても社会不適応者の告白でしかないが、そんなぼくも現実世界でこだわって活動してきたことがある。車のレースである。大好きなのだ。

 車といっても、レーシングカートである。形としては遊園地のゴーカートを想像してもらえば、それでいい。遊園地のやつはいろいろ安全装置がついているから、競技用の方が少しきゃしゃな印象になる。

 F1に行くことを考えるような人は、18歳で免許を手にしてからレース活動をしてもまず間に合わないので、カートからキャリアを作っていくことが多い。いろいろな定めがあるが、下は8歳から、12歳にもなればかなり本格的なレースに参戦できる。

 12歳から乗れる乗り物と聞いて、侮ってはいけない。ゴーカートと見た目は似ているのだが、まったく油断はできないのである。上位クラスのマシンは最高時速100kmを超える。しかもサスペンションがなかったり、着座位置が低かったりと、速さを錯覚するためのしかけがいくつも施してあるので、体感時速は優に200kmを上回る。

 ところがこのカート、かなりお金がかかるのである。独身時代はたくさん乗っていたが、結婚したら行きにくくなった。しかも、事故もある。一度あばらを2本折ったことがあり、結構リスクもあることが家族にばれてしまった。それでほとんど行けなくなったわけだ。冗談でなく、生きている意味が半分くらい失われた気がする。

 でも、そんな人はたくさんいるのだろうと思う。ブラジルではお金のある子はカートを、ない子はサッカーを始める、などと言われたこともあったらしい。好きなだけで続けられるスポーツではない。

 それは残念なことだなあ、と常々思っていたのだが、うれしい出来事があった。F1 eスポーツシリーズでチャンピオンになったブレンドン・リーが、実車のレースに参加するチャンスをつかんだのである。フォーミュラ・フォード1600の2019年シーズン前半に出走した。

 フォーミュラ・フォード1600といえば、とってもちゃんとしたレースである。そりゃあF1に行く人たちから見たら下位のステップの一つにすぎないが、ぼくは快挙だと思う。eスポーツで培ったテクニックが、実車でも通用することが確かめられたのだ。ブレンドンは、上位争いこそできなかったけれど、ちゃんとそのクラスを戦うのにふさわしいタイムを出してレースをした。

 F1が大好きだけれども、お金がないからとか、病気だから、もう高齢だからといった理由で、その入り口に立つこともできなかった人たちには大きな福音になるのではないだろうか。また、本物のレースで実力差のある人同士が一緒に走るのはけっこう危ないのだけど、eスポーツならそれが無理なくできる。憧れたドライバーと、同じレースで戦うことができるかもしれない。

 また、逆方向へのキャリアパスをたどる人も現れている。例えば、事故でけがをして実車のドライビングが厳しくなったドライバーや、資金不足でレースを続けられなくなったドライバーがeスポーツに活動の場所を移すのである。これも素晴らしいことだと思う。今までだったら絶たれていたキャリアが、継続できるのだから。

 ちなみに、実車でF1に参戦しているドライバーたちは、eスポーツを走っても滅茶苦茶に速い。実車と仮想、車を走らせる能力の少なくとも一部は相関しているのだろう。ぼくが生きているうちに、両方のレースを制するダブルクラウンを達成するドライバーが出てくるといいなあ。

【筆者略歴】

 岡嶋裕史(おかじま・ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/学部長補佐。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「ブロックチェーン」(講談社)、「いまさら聞けないITの常識」(日本経済新聞出版社)など。Eテレ「趣味どきっ!」毎週月曜「こんどこそスマホ」出演中。

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