【甲子園―100回目の夏③】一つに決められない、ベストゲーム

 「史上最強チームはどこか」の問い以上に意見が分かれるのが「夏の甲子園ベストゲームは?」というものだろう。甲子園では何が起きるか分からない。多くのドラマが生まれ、球史に残る延長戦が刻まれた。

 最初に挙げなくてはならないのが、第19回大会(1933年)準決勝の中京商(愛知)-明石中(兵庫)の延長25回に及ぶ死闘だ。「全国高等学校野球選手権大会50年史」によれば、試合は午後1時10分に始まった。中京商・吉田、明石中・中田両投手の「絢爛たる投手戦」(飛田穂洲の戦評から)。4時間55分に及ぶ戦いは、中京商が25回無死満塁から二ゴロの本塁送球がそれて1点を奪い、1-0でサヨナラ勝ちした。最長試合としていまも大会記録に残っている。

 私事で恐縮だが、大阪に住んでいたカミさんの母親がこの試合を超満員のスタンドで観戦していた。甲子園ファンだった彼女からは「0-0のまま点が入らず、帰るに帰れなくなった」と聞いたことがある。吉田投手は336球を投げて被安打8、中田投手は247球でわずか7安打。大観衆をとりこにした投手戦だった。

 第40回記念大会(58年)から選手の健康管理のため、延長は18回で引き分けという規定がつくられ、再試合が行われることになった。この大会規定が早速適用されたのが、第40回大会準々決勝の徳島商(徳島)-魚津(富山)。徳島商・板東、魚津・村椿両投手の3時間38分の投げ合いは、0-0で終わった。試合終了時刻は夜の8時3分だった。再試合に勝った板東投手は1大会個人最多の83三振を奪ったが、決勝で力尽きた。

 大きなインパクトを残したのが、大会史上初の決勝戦引き分け再試合となった第51回大会(69年)の松山商(愛媛)-三沢(青森)だ。4時間16分の試合は0-0のまま終わった。スタンドを埋めた5万の観衆だけでなく、全国のテレビファンもくぎ付けにした。伝統校の松山商に対し、三沢は高校野球では実績のあまりない東北の代表とあって、判官びいきの日本人の多くは、三沢の応援に回ったといっていいだろう。かくいう私も、テレビ桟敷で三沢の勝利を祈ったが、15回、16回とサヨナラのチャンスも実らなかった。再試合では三沢の太田投手が打たれ、4-2で松山商が頂点に立った。悲運のエースは甲子園の「元祖アイドル」と呼ばれ、大変な騒ぎとなった。

 第82回大会(2000年)からは「延長は15回打ち切り、再試合」と規定が変更された。第88回大会(06年)決勝の駒大苫小牧(北海道)-早稲田実(東京)の1-1の引き分け、再試合も好ゲームだった。駒大苫小牧の史上2校目の3連覇を阻んだ早実の斎藤投手は「ハンカチ王子」の異名で女性ファンの人気を集めることになった。

 ベストゲームは一つには決められない。第91回大会(09年)決勝では日本文理(新潟)が土壇場の9回2死走者なしから5点を奪い、優勝した中京大中京(愛知)に9-10と惜敗した。涙の勝者、笑顔の敗者というコントラストを描いた試合は、大きな感動を呼んだ。

 個人的には、延長で決着した2試合が忘れられない。まず、第61回大会(79年)の箕島(和歌山)と星稜(石川)の延長18回の熱戦を挙げたい。箕島が延長12回と16回に本塁打で追いつき、18回に4-3でサヨナラ勝ちした。入社2年目の駆け出し記者だった私は、カクテル光線を浴びた試合を一ファンとして見ていた記憶がある。興奮してしまい、ろくな原稿は書けなかった。それでも、ものすごい試合を見た充実感があった。

 もう一つの延長の戦いは、第80回大会(98年)の横浜(神奈川)-PL学園(大阪)。PL打線が横浜のエース、松坂投手を攻略して延長17回、9-7の白熱戦となった。大会後に試合を検証するテレビ番組が生まれたほどのゲームは、当時の高校野球の最高峰チームである「東西の横綱」が激突した試合だった。松坂投手を筆頭に、質の高い選手が両チームにそろった。そこにベンチワークの巧みさが乗っかり、スタンドの熱気が後押しする、極めてまれなハイレベルの戦いとなった。

 今年になってNHKテレビが両チーム出場選手の20年後を特集した。現在もプロ野球で頑張っている松坂投手らが試合を振り返り、そこから何を得たのかを語る構成だった。彼らがこの激闘を「誇り」にしてその後の人生を歩んできたことが、その発言から良く分かった。

(カッコ内は代表となった地方大会名ではなく、都道府県名で表記している)

【筆者略歴】

後藤英文(ごとう・ひでふみ) スポーツジャーナリスト。共同通信では初代スポーツ専門特派員としてニューヨークで勤務。MLBワールドシリーズやW杯サッカー、NFLスーパーボウルのほか夏冬の五輪などを取材。元びわこ成蹊スポーツ大学教授。

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