最後は岸田総理の胸一つ

 先週、岸田文雄内閣は発足からちょうど半年を迎えた。当初は「華がない」などといわれたが、「聞く力」が功を奏してか、支持率は6割近くの高水準を維持している。コロナ対策やウクライナ対応が最重要課題になっているため、岸田首相が唱えた「新しい資本主義」や「デジタル田園都市構想」といった公約が生煮えでも、政治責任はまだ問われていない。

 しかし、岸田首相にとって今年は実に暑い夏になりそうである。衆院選挙区画定審議会(区割り審)が遅くとも6月25日までに小選挙区の「10増10減」を内閣総理大臣に勧告し、それを受け、公職選挙法が改正されることになっているからである。これを岸田首相にとっての「初めての大きな試練」(自民中堅議員)だと見る者もいる。

 そもそも1994年に衆院に小選挙区制が導入された際、「1人別枠方式」が採用され、まずは都道府県に1議席が割り当てられた。この激変緩和措置によって地方の議席がいきなり大きく減ることは回避されたが、一票の格差を2倍未満におさえ、違憲状態を解消するため、6年前、より人口比を忠実に反映する「アダムズ方式」の導入が決定された。

 ところが、昨年の衆院選が終わってしばらくすると、自民党内で反対ののろしが上がりはじめ、今やその声は日増しに大きくなっている。加藤勝信氏は官房長官時代、「勧告を踏まえて速やかに法制上の措置を講じる」と明言したが、今では反対派に名を連ねる。和歌山県の定数が1減になることもあり、二階俊博元幹事長も今年1月、「腹立たしい、地方にとって迷惑な話」と痛烈に批判した。

 細田博之衆院議長に至っては、10増10減は「地方いじめ」だとし、「心のない政治をやってはいけない」と待ったをかけた。本来、議長が特定の問題について発言することは極めて異例であるが、それについても「黙っていられない」と息巻いた。しかし、6年前のアダムズ方式の提案者の一人はまさに細田氏本人であり、本会議場で「国民の信頼にも耐えられるものとなっている」と堂々と言い切ったことは議事録にも残っている。

 6年前の選挙制度改革関連法は、自民、公明、維新の3党の賛成多数で決められたものである。細田氏のみならず、現在、アダムズ方式に反対している多くの議員も、6年前は賛成票を投じた。だが、わずか6年でどうして“豹変”したのかを国民に明確に説明する者は皆無に等しい。

 1994年の政治改革では衆院の選挙制度改革のみならず、政官関係の見直し、そして地方への思いきった権限と財源の移譲がセットのはずであった。定数是正により、確かに地方の政治力は弱くなるかもしれないが、世界に目を転じても、残念ながら人口比例以外に客観的に議席を割り当てる方法は見つかっていない。それならば、遅ればせながら大胆な地方分権を進め、国を頼らなくてもよい地方を構築すべきであろうが、そうした話はとんと聞かれない。

 もしも岸田首相が自民党への「聞く力」を優先し、アダムズ方式を撤回すれば、政権不信、政治不信が高まることは避けられない。逆にこのまま淡々と10増10減を進めれば、党内野党が動きはじめ、政局となる沸点が一気に低くなる。「昔、先輩議員から『選挙制度を触れば血の雨が降る』と教えられたが、今年の秋雨はそうなるかもしれない」(閣僚経験者)との言葉は、妙に信憑性を持つ。

 今年は夏に参院選があるため、今国会は6月15日に閉会すると見られている。そのため、公選法改正作業は次の臨時国会に委ねられる。しかし、区割り審の勧告をどのように扱うかは、最終的に岸田首相の胸一つである。進むも地獄、退くも地獄、岸田首相が眠れない日々を過ごすことになるのは、暑さのせいだけではないはずである。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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