元首相、10人もいれば文殊の知恵

 わが国の元首相たちは、至って健やかである。「元」の字が、元気の「元」にも見えてくる。

 退陣から半年が過ぎ、菅義偉前首相が本格的に活動を再開しつつある。今では「国民のために働く内閣」を評価する声もあるし、今月中には何らかの新たなグループを結成するのではないかと見られるなど、まだまだ覇気がみなぎる。「核共有」の議論を提起した安倍晋三元首相も、2年前に健康上の理由で辞任したとは思えないほど意気盛んである。

 麻生太郎元首相は副総理から自民党副総裁に横滑りし、マスコミに登場する機会がめっきり減ったが、依然として派閥の領袖を務め、また時おり毒を含んだ“麻生節”を炸裂させる。もっとも、麻生氏の言動が政権の支持率を引き下げる要因にはならないため、岸田文雄首相は「うまく麻生氏を囲った」(自民中堅議員)ともいえる。

 小泉純一郎、細川護煕、菅直人、鳩山由紀夫、村山富市の各元首相も、まだまだ萎れていない。2月には欧州連合(EU)に脱原発を促すための書簡を連名で送り、事実誤認の問題を含めて話題となった。菅直人氏を巡っては、橋下徹元大阪府知事についてツイッターに「ヒトラーを思い起こす」と投稿し、日本維新の会から猛抗議を受けた。

 最年少の元首相である野田佳彦氏は今も衆院予算委員会で質問に立ち、真顔で首相公邸の“幽霊伝説”について尋ねたりしている。東京オリパラ組織委員会の会長を辞めてすっかり影をひそめたが、森喜朗氏もれっきとした元首相である。「あなたと違うんです」と言い放って官邸を去った福田康夫氏も85歳ながら健在で、時おり講演などがニュースになる。

 これだけ多くの元首相がいるのは、高齢社会の証であるが、わが国の短い首相任期の裏返しでもある。米国も英国も、元大統領・元首相で存命なのはそれぞれ5人だけである。ドイツに至っては、たった2人である。そして他の国と大きく異なるのは、わが国の元首相たちが“隠居の身”でありながら、それなりに存在感を示そうとしている点である。

 確かに現職のときには見えなかったこともあれば、成し遂げられなかった志もあろうが、総じて首相も閣僚も現職のときは〈官僚の掟〉に従い、借りてきた猫のようにおとなしくなりやすい。その半面、前職・元職になるとがぜん強くなり、自己主張を展開する。「現職だと役所にそっぽを向かれてしまうから」(自民閣僚経験者)だというが、これではご都合主義もはなはだしい。

 池田勇人氏は首相退任後、周囲に「いい前総理になりたい」と漏らした。結果的に病魔に襲われ、退任から1年もたたずに逝去したが、「池田さんは(後継首相の)佐藤栄作さんの足を引っ張らないよう出しゃばらず、それでいて、助言をしたり、相談相手になったりすることを夢見ていたのではないか」(宏池会関係者)といった見方が残る。

 97歳の村山元首相を除けば、わが国では10人の元首相が健在である。多寡と得手不得手はともかくも、それぞれ首脳会談の経験もある。安倍元首相などは、ロシアのプーチン大統領と27回も首脳会談を行っている。それならば、10人の元首相が一堂に会し、岸田首相にロシアの暴挙についての建議を行ってはどうか。

 元首相たちはいずれも一家言を持っているが、個々に“蠢動(しゅんどう)”するよりも、文字通り十把ひとからげになった方が文殊の知恵が出てくるはずである。元首相たちが“最後のご奉公”として“世界の危機”を和らげることに何かしら役立てれば、晩節を汚すどころか、「いい元首相」として高く評価されることは間違いない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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