国会議員の生体認証

 入退場のセキュリティーや決済の利便性を高めたり、データを収集したりするため、今や多くの企業や施設、店で、顔認証をはじめとする生体認証システムが導入されている。より身近なところではスマホの指紋認証や現金自動預払機(ATM)での指静脈認証がある。この他にも、瞳孔の周りの部分で識別する虹彩認証などがある。

 国会議事堂や議員会館に国会議員が入る際には、議員バッジが事実上の“通行手形”となっている。もっとも、実際は立法府の警務を担う衛視がバッジと議員の顔の両方を目視で確認しているため、バッジを付けていれば誰でも入れるというわけではない。そのようなことを試みれば、たちまち建造物侵入容疑で通報される。

 国会議事堂でも議員会館でも、問題は議員の退院・退館の際である。いずれの建物でも多くの議員は車寄せの出口から退場するが、いつ誰が出てくるかもわからなければ、時には数人、十数人が一気に出てくることもある。また、参院議員が衆院の出口から出てくることもあるし、その逆もある。

 その車寄せの出口には、衛視や呼び出し係の職員がいて、議員が来ると瞬時に認識し、「◯◯◯◯先生」とマイクでフルネームを告げる。十数人が一気に押し寄せてくるときには、あたかも暗記した早口言葉のようによどみなく、そしてかむこともなく、外のスピーカーに声が鳴り響く。自ら名乗る礼儀正しい議員もいるが、数の上では圧倒的に少ない。せいぜいで右手を軽く上げて、目で合図を送る程度である。

 出口の衛視や職員は、計710人もの両院議員の真正面からの顔だけでなく、横顔や斜め後ろ姿、さらに歩き方の特徴まで頭に入っており、まさに“神業”を持つ職人だといってよい。人間であるため、時には見逃したり間違えたりすることもあるが、「認識率は九割九分以上」(元衆院事務局職員)だという。

 彼ら彼女らが一番苦労するのは、新人議員が増える選挙直後である。選挙からわずか数週間で国会に来られても、なかなか瞬時に認識することはできない。頼りにすべき国会便覧や要覧もまだ出来上がっていないときである。選挙のポスターやパンフレットなどを参考にすることもあるというが、あまりにも実物とかけ離れていることが多い。さすがに「失礼ですが」と名前を尋ねれば、プライドを傷つけることになる。

 コロナ禍に伴うマスクの着用も、認識を難しくしていることが想像される。政治家にとって顔は命であり、その顔の半分近くがマスクで覆われてしまうと、見分けることが難しくなる。だが、慣れも手伝って、われわれでさえ相手がマスクを着用していても何となく認識できるようになっている。議員を呼び出すのはまさにプロ中のプロの方々、今やさして支障になっていない。

 しかし、より重要なことは、国会議員そのものを認証する作業、つまり選挙である。国会や議員会館に出入りするときはバッジや顔で判断されるが、投票では外見だけではなく、候補者の熱い思いや政策が問われるべきである。ましてや風に流されて票を投じてしまえば、再び大きな禍根を残すことになりかねない。

 「選挙の顔にならない」との理由で、菅義偉首相は続投断念に追い込まれた。もちろん比喩ではあるが、外見的なものにばかりとらわれていると、本質的なものを見落とすことになる。表層的な部分に判断の重きが置かれるのであれば、いずれ生体認証システムで国会議員を選んだ方が効率的だといわれる日が来るかもしれない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

あなたにおススメの記事


関連記事

スポーツ

ビジネス

地域

政治・国際

株式会社共同通信社