“転職”目指す政治家たち

 先々週、馳浩元文科相が次期衆院選に出馬せず、来年の石川県知事選に挑むとのニュースが流れた。先月末には小此木八郎氏が閣僚を辞任し、8月の横浜市長選に立候補することを表明した。2人とも60歳前後で議員歴は20年超、自民党の中では幹部に準ずる存在である。

 馳氏の地元の関係者などは「なんかもったいないね。このまま代議士でいれば、あと何回かは大臣になれただろうし、党三役入りだって夢ではなかったはずだ」と残念がる。だが、国政の場でまだまだ可能性がありそうに見えても、あえて国会を去り、首長の道を歩もうとするのには、それぞれそれなりの理由がある。

 今でも官僚出身の知事は6割近くを占めるが、それでも現在、12人の都府県知事は元国会議員である。その中には国政選挙に落ちて知事になった者もいれば、永田町で行き場を失ったり、国政に飽きたりして、くら替えした者もいる。さらに、小池百合子都知事のように、自らの活躍の場を積極的に新天地に求めた者もいる。

 自分の意思で永田町を去り、首長選に挑む最大の理由は「政策実現性」(市長経験者)だという。「国会議員といえども合議体の一員にすぎないが、首長はその地域の、まさにお殿様。財源の制約はあっても、自らの政策を推し進められるのはうらやましい」と本音を漏らす自民党中堅議員もいる。

 国会議員バッジを付ければ、せめて1回は大臣になりたいものらしい。たとえ短期間でも一つの省が丸ごと補佐してくれるし、ある閣僚経験者は「SP(警護官)やポリスボックス、随行の秘書官に加え、宮中や大使館での晩餐会など、まさに“非日常”の世界を経験できた。初入閣のとき、『議員をやってきて本当に良かった』と思う者は多いのではないか」と述懐する。

 しかし、年功序列と幸運で1回は入閣できても、2回目以降は実力と能力が大きく問われる。閣僚を経験し、党の幹部になれない自分の将来がうっすらと見えたなら、“お殿様”にくら替えするチャンスを狙っても不思議ではない。中規模の市でも数百人、県であれば数千人の組織の頂点に立てるし、議員と異なり、辞めるときにはかなりの退職金ももらえる。

 永田町を去る者がいれば、知事を数期務めてから赤じゅうたんを踏む者もいる。もともと国政志向が強かったり、知事としての限界を感じたりしたことが動機である場合が多い。北海道や新潟県、大阪府の前・元知事などは、今や国会議員であるし、次期衆院選には、高知県の前知事や三重県の現知事が名乗りを上げるという。中には国会議員から知事になり、再び国政に戻ってきた者もいる。

 議員から知事などの首長になることは、以前もあったし、米国などでも珍しくない。同じ政治家であっても、活動の場を変えることは、むしろ「人生100年時代」に合致しているともいえる。何十年も同じ選挙区から動かないよりも、さっさと後進に道を譲り、別の活躍・活動の場に移るほうが人材の新陳代謝にも資する。

 しかし、有権者として見極めなければならないのは、その人が行き場を失ってくら替えをしようとしているのか、それとも大志を抱き、満を持しての挑戦なのかということである。単に「名前が売れているから」「経験があるから」といった理由だけで“転職”を認めてしまえば、巡り巡って有権者自身が後悔することになる。

 もっとも、なにも難しく考える必要はない。まずは候補者の演説をよく聞き、自分の心が熱くなれば、それだけで“転職の予選”を通過させてもいいのかもしれない。人間の直感は、それほど間違わないともいわれている。それに、悲しいかな、まともな演説ができない候補者は、意外に少なくない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。

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